国際人道プラットフォームと日本若者協議会が共催するウェビナー「日本の人権デューディリジェンス促進のあり方を考える」を全掲載。国際人道プラットフォーム代表理事の菅野志桜里氏、国際人権問題担当総理大臣補佐官の中谷元氏、多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授・事務局長の井形彬氏、日本経済団体連合会常務理事の⻑⾕川知⼦氏、ビジネスと人権市民社会プラットフォーム副代表幹事の佐藤暁⼦氏が登壇し、「日本の人権デューディリジェンス」をテーマに議論を行った(2021年12月21日開催)。
日本の人権デューディリジェンス促進のあり方を考える〈第3回〉
ウェビナーアーカイブ3回目は、人権デューデリジェンスに関する経団連の取り組みについて長谷川知子経団連常務理事から、NAP策定にもかかわった佐藤暁子弁護士からは市民視点からの提言を行う。
〈パネリスト〉
◆菅野志桜里(国際人道プラットフォーム代表理事) ◆中谷元(国際人権問題担当総理大臣補佐官) ◆井形彬(多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授・事務局長) ◆⻑⾕川知⼦(日本経済団体連合会常務理事) ◆佐藤暁⼦(ビジネスと人権市民社会プラットフォーム副代表幹事) |
企業行動憲章に“人権”に関する条文を追加
菅野志桜里(以下、菅野):
ここからバトンを経団連の長谷川さんにお渡ししたいと思います。様々なデータもいただいて、大変参考になったんですけども、改めて恐らく経団連の皆さんも今言ったような国際的な状況は当然詳しくご存知の上でですね、今の取り組み、そしてその先の見通しなどなどお伝え頂ければなと思っております。
⻑⾕川知⼦氏(以下、長谷川氏):
ありがとうございます。経団連の長谷川です。本日は貴重な対話の場に参加させていただきありがとうございます。経団連では、この人権デューデリジェンスに関しては法制化による画一的な対応ではなくて、企業が人権侵害の課題を自分ごとと捉えて創意工夫をしながら自主的に取り組むことが、国内外で直面する人権課題に関して一番効率的な解決策をもたらすと考えております。その理由に関しまして、経団連での取り組みですとか企業全体の取り組み状況を簡単にご紹介したいと思います。
まず経団連では、会員企業に期待する企業行動原則をまとめた企業行動憲章というのがあります。それを2017年11月にSociety5.0を通じてSDGsを達成するという観点から全面改訂いたしました。その時に第4条、10条あるんですが第4条として、人権を尊重する経営を行うという条文を、独立した条文として初めて追加しております。
その全面改訂に伴いまして、企業行動憲章の取組状況を調査するために2018年と2020年に会員企業に対してアンケート調査を実施しております。2020年のアンケート結果ですけども、人権方針を策定していると回答した企業が65%、策定予定も集めますと7割近くの企業が人権方針を策定すると言っておりました。また人権に関する責任者ですとか担当部門を設けているなどの社内体制の整備ですとか、人権に関する教育・検証に取り組んでいると回答した企業が6割から7割でございましたが、他方、事業が人権に与える影響、いわゆる人権リスクの評価や優先度の高い人権リスクの予防と対処など、いわゆるビジネスと人権に関する指導原則が求めている人権デューディリジェンスに取り組んでいる企業は3割程度でございまして、これが2018年の時の調査も大体3割程度でしたので、この時はあまり進展が見られなかったのが残念な状況でございました。
またビジネスと人権に関する指導原則に即して人権デューディリジェンスに取り組んでいると回答した企業も、2020年調査では36%にとどまっております。指導原則の周知、実践とともに課題が残るという状況が示されております。他方でアンケート調査では、様々な業界で人権リスクへの対応のために多様なステークホルダーを巻き込んだ連携に取り組んでいるという事例も多数紹介されております。
また2021年の11月に経済産業省の方が実施されましたアンケート結果では、人権デューデリジェンスを実施していると回答した企業は5割だったので、経団連とは若干調査対象が違うのはあるんですが、それでもこの一年の間でだいぶ取り組みが進んだと感じております。まだまだなんですけども、そういう意味では先ほどスピードある対応が必要というご指摘がありましたが、この一年でだいぶ取り組みは進展してきていると実感しております。
一企業では困難、各国政府・国際機関・NGOと連携が必要
長谷川氏:
人権を尊重する経営を実践する課題として一番多かったのは、「一社企業では解決できない複雑な問題がある」ということでした。次いで、サプライチェーン構造が大企業になればなるほどなんですが、膨大で複雑で範囲の特定が非常に難しいというのが課題として挙げられていると。企業の切実な意見が寄せられております。
そして、政府・公的機関に対する要望と致しましては、「自主的な取り組みに資するガイドラインの整備」が最も多く、次いで「海外における人権リスクに関する情報の提供」、あとは「人権に関する国際的な行動規範に対する国民の理解の促進」が次いでおりまして、法制化を求めるという意見は少数にとどまっております。これは今年経済産業省が実施されたアンケート結果でも同様の報告が示されていると理解しております。
それで先ほど中谷補佐官からご紹介いただきましたこの手引きの改訂とハンドブックの策定でございますが、2017年の11月の改定以降、国内外で企業に対してご説明にあった通り、人権への取り組みの強化を求める動きが非常に活発化しております。そういうことから経団連は今回、この企業行動憲章第4条の実行の手引きを見直すと共に、担当役員や実務担当者向けに人権を尊重する経営のためのハンドブックを改めて策定いたしました。この実行の手引きの方の改訂のポイントでございますが、昨今の経済安全保障を含む国内外の動きを踏まえまして、背景に関する記述を充実し、特に企業が自主的に取り組むことの重要性、まさに先ほどご説明があったとおりESGの評価ですとかそのSの部分にかなり影響する背景の記述を拡充したことや、またSociety5.0という現在のこの状況におきまして、新たに注目されているプライバシーなどの人権の課題についても追記をしております。
それから、この手引きの方ですけども、項目として指導原則が企業に求めている運用上の原則に従いまして、4の3として人権デューディリジェンスの実施を改めて独立して追加したことや、これまでまとめていたあまりはっきりと明記してなかった4の4といたしまして、人権侵害が発生した際の是正も追記しております。
今後の経団連の取り組みですが、改定した手引きとハンドブックの普及・周知のためにシンポジウムやセミナーなどを開催していきたいと思っております。また一社だけでは対応できない限界があるという声を多数いただいておりますので、業界ごとに共通の人権課題に直面している企業間の、セクター横断的な連携、イニシアティブの構築に向けて業種別団体向けの説明会などの開催も考えていきたいと思っております。
さらに、政府のビジネスと人権に関する行動計画推進円卓会議への参加を通じて、現在も行っておりますが、多様なステークホルダーの皆さんと連携を図っていくほか、UNDPやILO、OECDといった海外の国際機関・団体とも連携を深めていきたいと思っております。
最後にこの日本版人権法案に対するコメント等でございますが、以上説明してきました通り、人権の概念というのは非常に広範で、今回は児童労働と強制労働にまずはフォーカスということでございましたが、企業の事業や業種や規模、そして事業を行っている国・地域によっても直面する人権課題は非常に多様でございます。ですからチェックボックス的なアプローチですとか、画一的な取り組み、ワンサイズフィッツオールと言われますが、そういう一つのやり方ではなくて、企業が直面する人権課題に対して創造性を発揮しながら自主的な解決に取り組むことが一番実際には、ライツホルダーと呼ばれますけれども、侵害を受けている方々に対しても効果の高い解決策を実現できる、提供できるのではないかと考えております。ですので政府に期待しておりますのは、法制化ではなくて、企業が取り組みを進めやすい環境の整備であったり自主的な取り組みの推進策ですとか、もしくは世界各地における人権リスクに関するタイムリーな情報提供というものの拡充を期待しております。特に先ほども話に出ましたが、人権リスクの高い地域における人権課題の解決に向けましては、やはり一企業だけでは困難という問題が多くございます。各国政府や国際機関、NGOなどと連携して解決に向けた支援をぜひお願いしたいと思っております。私からは以上です。
菅野:
長谷川さんありがとうございました。その次にマイクをお渡ししようと思っている佐藤暁子弁護士と今お話しいただいた長谷川さんとは、恐らく2020年の日本としての行動計画、NAPを作るにあたっても、それぞれ市民社会そして事業主体という立場で、でも多分恐らく同じ想いをもって取り組んでいらっしゃったと思うんですね。一方、佐藤さんに聞いてみたいけれども、本当にこの一年の企業の取り組み、前に進んだとはいえじゃあ期待に応えてますかっていうことも含めて、少しやっぱり人権保障という観点からですね、お話をいただければというふうに思っております。よろしくお願いいたします。
さらに踏み込むための人権デューデリジェンス法案を
佐藤暁子氏(以下、佐藤氏):
はい、ありがとうございます。改めて本日こういった場に参加できることを非常に嬉しく思います。冒頭ご紹介頂きましたように、私自身はこのビジネスと人権市民社会プラットホーム、こちらもNAPの策定に市民社会として加わっておりましたけども、こちらの幹事団体であるヒューマンライツ・ナウで事務局次長として、また弁護士として活動しております。本日これからお話しさせていただくことはあくまで私個人の見解ということで、今何かプラットフォームとしてという意見の集約ではないことをはじめに申し上げたいと思います。
私自身はこのビジネスと人権という課題に過去10年ほど取り組んできました。10年前と考えますと今日のように、このマルチステークホルダーでこの人権デューディリジェンスを考えるというこの段階まで来たことは、一つ感慨深いなと思っております。ただ一方で、では日本企業にこれから何ができるか、今の取り組みで十分かということについては恐らく今日ご参加の皆様のいずれも、まだまだギャップが大きい。そこはスタート地点なのかなと思っております。
この人権保障の観点からということで先ほど冒頭にご紹介をいただきました人権デューデリ法案というものをたたき台として、どういった観点を組み込んでいく必要があるのか、これは法律ありきということではありませんが、ただ今の取り組みに不十分な観点をどのように踏み込んでできるのか、その中で法律というのも選択肢として考えるべき必要があるという観点からコメントさせていただきたいと思います。
ご視聴いただいている方々は恐らくビジネスと人権についてはかなり詳しいという方もいらっしゃるのではないかなと思うんですけども、このビジネスと人権に関する指導原則これ自体、またはこの日本政府が2020年発動しました行動計画のナショナルアクションプラン、いずれも法律ではありません。すなわちいずれもですね、自主的なと申しますか、ソフトローと言われるような拘束力のあるものではないですよ。今日先ほど井形さんからもご紹介もありましたように各国が、NAPだけでこの取り組みを進めているのかというとそうではなくて、それぞれの国々、例えばイギリスや、オーストラリア、フランス、オランダ、そして最近ではドイツ、あるいはアメリカの州の一部ですとか、現在はEUでもこういった議論が進んでいるというように各国それぞれ方法ですとか範囲は異なります。やはり指導原則、ボランタリーな自主的な取り組みだけでは不十分であるところが、こういった各国の法制度の導入に繋がっているというのはあるのかなと思います。
ただ一方で、こういった法律を作れば、すべて人権保障が実現できるのか? 皆さん思い出していただきたいのは、まさになぜこの指導原則が2011年に(国連人権理事会で)承認されたのか、人々の議論の結果として結晶化したのかですね。サプライチェーンだけに限りませんが、社会に対して貢献する事業活動が最初にあるわけですが、同時に事業活動によって負の影響を被る人々だったり、社会、環境だったり、こういったものをどのように改善できるんだろうか、私たちがきちんと次の世代に向けて持続可能な社会を手渡すために何ができるんだろうか、そういった観点から指導原則は作られたわけです。従って、今の取り組みが指導原則をきちんと実現するものになっているかどうか、すなわちサプライチェーンも含めた事業活動に関連する人権リスクへの取り組みがきちんと促進できているか、そういった観点から見る必要が出てくると思います。
その上で既存の法制度、これらについて十分ではないと様々な批判が寄せられています。最初の点、まさに長谷川さんからもコメントありましたけど、チェックボックス型になっていないだろうか。ただでさえ人権に対する取り組みはいわゆる定量的な評価は難しいものです。しかしどうしても企業の取り組みの中でそういった定性的な評価の難しさからか、例えばアンケートを行いました、またはトレーニングを行いましたと言ったチェックボックスで終わっていないかという批判がございます。そしてライツホルダー、権利の主体である人の声が十分に聞かれていないのではないか。また人権侵害の救済ですね、やはり最後の目的は救済になりますので、その救済が十分に実現していないという批判もあります。さらには法制度を実現していく中で、その適用範囲が限定されている、これはサプライチェーンの範囲ですとか適用されている人権問題の範囲、こういったところが限定的という批判もございます。さらには開示の対象が不明確であるので、企業の取り組みの開示が結果的に不十分で、法制度があったとしてもその取り組みの全容が分からない、こういった批判もあります。また、法制度のモニタリング体制が不十分である。これは国の体制に対する批判というところもあります。さらには、ここは先ほどの冒頭の法案の説明で上がりましたけれども、国家としての義務履行が不十分であるという、こういう批判もあるわけです。指導原則はどうしても企業の人権尊重責任という第2の柱が注目されがちではありますが、第1の柱としては国家の人権保護義務があるので、ここに従った国の取り組みというのが前提になります。
法制度を作るうえで注意すべき3点とは?
佐藤氏:
こういった問題を前提として、ではあるべき法制度、法制度が最終的なゴールなわけではないんですが、法制度を作るのであればこういった観点が必要ですよねというところを、少し問題提起したいと思います。一点目はまず指導原則の実現を当然促進するものであること。つまり経営リスクを何か取り組むということよりは、人権ライツホルダーがきちんと中心になっている、そういったものであること。これが二点目のですね、ライツホルダーが中心に来る、これは今議論として中心になっています❝意義のあるかつインクルーシブなステークホルダーのエンゲージメント❞がきちんと確保されているそういう制度が必要になってきます。
そして3点目としては、やはり救済へのアクセス、ここがきちんと担保されていること。ただこれはもちろん企業の(救済への)仕組みだけではなくて、国による例えば国内人権機関ですとか、個人通報制度といった国際人権機関の枠組みの中での取り組みも当然必要になってくると。更には二次以降のサプライヤーで生じている人権リスクへの取り組み、ここも促すものであることが必要だと思います。というのも指導原則が制定された経緯を鑑みると、サプライチェーンの上流に行けば行くほどやはり人権リスクが起きやすい、あるいは見つけにくいというのが実情としたわけなので、そこがですね隠れてしまわないように、そういった制度が必要になってくると思います。
さらには開示の範囲や内容が具体的であること、やはりこれはです企業の方も何をしたらいいのか、何を開示したらいいのかということ、ここが一定の範囲でコンセンサスが取れているのが必要となってくると思います。さらには実効性のあるモニタリングと執行体制が確立すること、これはその国によるサポート。先ほど井形さんのコメントにもありましたが、こういう観点も必要になってくると思います。最後は国家自体も当然経済活動の主体として適用されること。これは国内の様々な公共調達が含まれますが、ODA(政府開発援助)事業にも適用されることも、あまねくこの人権保障を実現するためには必要になってくると言えると思います。
当然ですね、この人権デューデリジェンス、先ほど井形さんのお話でも、海外の人権問題というところのご紹介、ご指摘がございましたけれども、当然国内の中にも技能実習生の問題、セクシャルマイノリティーの方の問題、障害者の雇用の問題、非正規雇用の方の問題という風に国内の中でも人権問題は山積しているわけですので、国内外問わず事業活動に関連するこの人権への取り組み、これをマルチステークホルダー、つまり企業だけじゃなく投資家のみなさん、市民社会そして当然政府・自治体ですね、こういったマルチステークホルダーで同じ目的に向かって取り組みを進めていく、そういった仕組みづくりがこの法制度の議論の中で進めていけることができると思っています。私からのコメントとしては以上です。
菅野:
ありがとうございました。確かに人権デューデリと言うとなんか海外で起きてる人権侵害に日本が加担しないために、というような文脈で語られることが多いかもしれないんですけれども、今の佐藤弁護士の指摘はとても大事で、もちろん当然国内における人権侵害に加担してはならないということ、だとすると技能実習生を初め、今それこそ国内国際的に問題となってるような課題にもやはり皆で向き合っていくべき大きなきっかけにもなっていくんだろうと思って聞いていました。
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第3回まとめ
長谷川知子氏により、経団連の具体的な取り組みについて総括され、ガイドライン策定やステークホルダー連携の要望が提出された。また、佐藤暁⼦弁護士からは、指導原則の実効性を発揮するための法制化の提案、また、ライツホルダーが中心となるべきとの問題提議があった。次回は、ディスカッションに移る。
〈プロフィール〉
菅野志桜里(かんの・しおり)
宮城県仙台市生まれ、武蔵野市で育つ。小6、中1に初代「アニー」を演じる。東京大学法学部卒。元検察官。2009年の総選挙に初当選し、3期10年衆議院議員を務める。待機児童問題や皇位継承問題、検察庁定年延長問題の解決などに取り組む。憲法審査会において憲法改正に向けた論点整理を示すなど積極的に発言(2018年「立憲的改憲」(ちくま新書)を出版)。2019年の香港抗議行動をきっかけに対中政策、人道(人権)外交に注力。初代共同会長として、対中政策に関する国会議員連盟(JPAC)、人権外交を超党派で考える議員連盟の創設に寄与。IPAC(Inter-Parliamentary Alliance on China)初代共同議長。2021年11月、一般社団法人国際人道プラットフォームを立ち上げ代表理事に就任
中谷元(なかたに・げん)
国際人権問題担当総理大臣補佐官。昭和32年10月14日(1957年)高知市に生まれる。土佐中・土佐高を経て、防衛大学校に進学。昭和55年、陸上自衛隊に入隊。レンジャー教官等歴任。昭和59年12月、二等陸尉で退官し、政治家を志す。平成2年2月、第39回総選挙において初当選。以来、連続当選を果たし、10期目
井形彬(いがた・あきら)
多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授・事務局長。専門分野は、経済安全保障、人権外交、インド太平洋における国際政治、日本の外交・安全保障政策。パシフィック・フォーラム(米国シンクタンク)Senior Adjunct Fellow。「対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)」経済安全保障アドバイザー
⻑⾕川知⼦(はせがわ・ともこ)
日本経済団体連合会常務理事。
佐藤暁⼦(さとう・あきこ)
ビジネスと人権市民社会プラットフォーム副代表幹事。弁護士。2006年上智大学法学部国際関係法学科卒業。2009年一橋大学法科大学院