人権デューデリジェンス
「人権デューデリジェンス」ウェビナー

日本の人権問題の2021年取り組みと2022年見通し

2021年12月21日、国際人道プラットフォームと日本若者協議会が共催するウェビナー「日本の人権デューディリジェンス促進のあり方を考える」が開催された。国際人道プラットフォーム代表理事の菅野志桜里氏、国際人権問題担当総理大臣補佐官の中谷元氏、多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授・事務局長の井形彬氏、日本経済団体連合会常務理事の⻑⾕川知⼦氏、ビジネスと人権市民社会プラットフォーム副代表幹事の佐藤暁⼦氏が登壇し、「日本の人権デューディリジェンス」をテーマに議論を行った。

日本の人権デューディリジェンス促進のあり方を考える〈第1回〉

日本の人権デューデリジェンスの促進をテーマに、菅野志桜里がファシリテーターをつとめディスカッションする。ウェビナーアーカイブ第1回目は政府の人権問題への取り組み状況と今後見通しについて中谷元氏より。

〈パネリスト〉

菅野志桜里(国際人道プラットフォーム代表理事)
中谷元(国際人権問題担当総理大臣補佐官)
井形彬(多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授・事務局長)
⻑⾕川知⼦(日本経済団体連合会常務理事)
佐藤暁⼦(ビジネスと人権市民社会プラットフォーム副代表幹事)

菅野志桜里(以下、菅野)

皆さんこんにちは。合意形成フォーラム、今日のテーマは日本の人権デューデリジェンス促進のあり方を考えるというテーマで、素晴らしい皆さんにお集まりを頂いています。また事前に登録いただいた参加者の皆さんも、個人で参加登録してくださった方から、私よりずっと専門家なんだろうなと思うような方々まで、たくさんの方にご参加を頂いて本当にありがとうございます。改めて今日話をしていただいた後に、質疑応答の時間も作っています。どうぞ宜しくお願い致します。

「人権デューデリ聞きに来たけど、“合意形成フォーラム”って何だ」と思われた方もいらっしゃると思います。合意形成フォーラムという名前をつけたのは、私です。論破の後って物事が生まれなくて焼け野原みたいになりがちですよね。なので、論破よりも対話、そして対話の先に合意形成がある。日本がもっと賢く合意形成ができる社会になるといいなという思いで、そんな場づくりの一環として合意形成フォーラムとタイトルをつけさせていただいております。

菅野:

それではまず出演者の皆さんを紹介したいと思います。私のお隣から中谷元国際人権問題担当総理大臣補佐官をお迎えしております。

中谷元氏(以下、中谷氏):

どうぞよろしくお願いいたします。

菅野:

今日で国会が終わって、補佐官になられて短い国会でしたけれども、どんな感じですか?

中谷氏:

コロナ対策や岸田文雄政権ができて最初の予算という大きな仕事がありました。選挙で公約したことを実現するという意味で、盛り込まれた予算を降ろすことができました。第一歩が始まったなという風に思っております。

菅野:

ありがとうございます。今日は本当に無理を言って来ていただきましたが、中谷さんの発言を楽しみに登録してくださってる方もいるんじゃないかと思います。ご期待ください。

その隣ですけれども井形彬先生、多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授をお迎えしています。井形さん、このテーマで登場する機会が多くなった2021年だったんじゃないですか?

井形彬氏(以下、井形氏):

いや、まさにそうですね。先日も某会社の所のセミナーでご一緒させていただいたんですけれども、これだけ各国が人権デューデリ・人権侵害対策を何とかしなきゃと動いている中で、日本の企業も我々も重い腰を動かし始めないとダメなのでは、と皆さんが意識が変わってきたと感じておりますね。

菅野:

そのお隣の長谷川知子さん、経団連の常務理事という立場で来ていただきました。恐らく井形さんのお話もあったように、私の想像なんですけれども、この10年、5年、経団連の中でSDGsだとか環境や人権、そういう担当の方々の忙しさがかなり加速してるんじゃないかと。いかがですか。

長谷川知子氏(以下、長谷川氏):

ご指摘の通りでございます。特に SDGs が採択されて以降、私はずっとこの CSRを長く担当してきたんですが、2015年以降、サステナビリティ、CSR、人権への関心の高まりとともに、我々の業務も大変忙しくなりまして、嬉しい悲鳴でございます。

菅野:

ありがとうございます。そのお隣、佐藤暁子さん、弁護士であり、国際人道プラットフォームの副代表幹事でもあります。佐藤さんのお話、今までいろんな場所で聞いてきたという方も、もしかしたらご参加の方たくさんいらっしゃるかもしれません。

佐藤暁子氏(以下、佐藤氏):

はい、ありがとう ございます。今日はこのビジネスと人権というテーマで、まさにこのマルチステークホルダーでディスカッションを深めることを非常に楽しみにしております。よろしくお願いいたします。

菅野:

お願いします。それでは早速ですけれども、岸田政権が発足して人権とビジネス、あるいは経済安全保障という文脈を強化するのでは、というスタートから、今短い国会を終えて改めて中谷補佐官の方から、今の政府のこのビジネスと人権の取り組み状況、そしてこれからの見通しなどなどお話をいただければと思います。

香港を始めとした各国の人権状況について

中谷氏:

本日はシンポジウムの開催誠におめでとうございます。菅野志桜里さんとは先週まで国会の人権外交議連のともに共同代表を務めていました。人権擁護という名のですね闘いで戦友のような存在でありますけれども、早速、菅野さんがシンポジウムを立ち上げたということでお招きに預かった次第でございます。

この人権外交議連というのは、2020年の4月に発足しまして、1年半にわたって香港・ウイグル・ミャンマー・アフガニスタンなど看過できない深刻な人権弾圧や各国の取り組みについて、たくさんのステークホルダーの皆さま方からもご意見を頂いて政府に提言をし、そして議員立法の発案をしてまいりました。

特にあの、昨日香港で立法会選挙が実施をされましたが、この結果も見まして香港についての選挙制度の変更は国際社会から、繰り返し強い懸念が示されています。今回これが解消されることなく、実施をされたということは香港の一国二制度に対する信頼をさらに損なわせると。特に立候補に対して言論の自由や結社の自由、これがないまま中国に忠誠するのが立候補の条件だということにつきましては、全く根本的なことが理解されてないということで、この言論の自由を逸脱した選挙にどんな民主主義があるのか、改めて私はこの状態に対して危惧を思っている次第でございます。

政府の人権問題の取り組み

中谷氏:

今度の組閣によりまして、国際人権担当の補佐官になりましたけれど、岸田総理からは「国際人権問題に対して提言、そして同志国との連携を、緊密に連携して具体的な取り組みを考えてくれ」と。そして関係省庁と連携をしながら、人権政策というのは本当に外務省や経産省、法務省、警察、各省に分かれてますので、それを横ぐしで貫いたことを考えなければならないです。そういった観点でこれからやってきたいと。特にビジネスと人権につきましては、デューデリの促進では日本政府として何をすべきかについて積極的に総理をサポートしていきたいと思っております。

この状況につきましては各国それぞれ制度や措置がありますが、日本企業に非常に大きな影響を及ぼし始めています。先週、経団連の長谷川常務理事が中心になって、経団連会員企業向けの企業行動憲章の改訂、そして人権を尊重する経営のためのパンフレットブックの策定を通じて、人権デューデリの適切な実施を呼びかけています。これは非常に画期的なことだと思って敬意を表したいと思います。

また今日登壇される井形先生は、ビジネスと人権市民社会のプラットフォームのことについて、佐藤先生とともに、非常に専門的な観点で、人権デューデリの取り組みの呼びかけをしておられています。現在多くの投資家・消費者・労働者・学者・市民社会などから、企業が人権尊重の取り組みを積極的に行うことを世界におけるイノベーションの促進として、また企業における社会的責任として、そして経済安全保障の実現として、呼びかけられるようになったわけでございます。従って人権デューデリにつきましては、企業だけではなく様々な主体が今関係して動き始めたというところで、それに対してどういう環境を作って、必要な措置を支援をするのかが政治に求められているわけです。

私のところでこの人権デューデリを含めてビジネスと人権に関する取り組みを促進する横串横断的な政策をサポートする体制・枠組みを作っていきたいと思っております。また、中長期的な支援、人権外交がどうあるべきか、政府内で議論提言していきたいと思っております。そういう意味で本日のシンポジウム、人権デューデリに対して多様なご意見を発信されまして、またそれが進んでいくように努力をさしていただきたいと思いますので、みなさんどうぞよろしくお願いします。以上で、現状の報告と解説とさせていただきます。

菅野:

ありがとうございます。思えばつい先日まで中谷議員と一緒に立法府という場から、行政の背中を押そうと政府の背中を押そうと、民間と連携してサポートしていこうとやってきました。今は中谷さん自身が政府に入られて私はこちらのお三方と一緒に民間の立場に行きまして。こうやって、立法府・政府・民間と問題意識を同じくしている人達同士が集まってそれぞれの立場で、あの役割を果たしていくと、きっと物事が実現していくんじゃないかと、今聞いていて思いました。

中谷氏:

そうですね、私が政府に入ったということと菅野さんが民間でこのようなステージを作られたということは非常に大きな飛躍的発展だと思いますので、それなりの成果を残さなきゃいけないなと、いささかも気持ちが変わることなく頑張っていきたいと思っております。

人権デューディリジェンスの法制化

菅野:

ありがとうございます。ここからは私の方から議論のたたき台として、もし人権デューデリジェンスを法案として一般化してみるとしたら、最初のスタートラインはどうなるんだろうというイメージ案を少し示させて頂きます。その後に井形さんから経済安全保障の観点からの現状報告やコメント、そして長谷川さんから企業経営の観点からの現状、そしてコメント。そしてここは大事なんですけれども、佐藤弁護士から人権保障の観点からのコメントということでつないでいきます。それでは、私の問題意識もお伝えをさせて頂きながら、中谷補佐官はコメントしたいことがあったらぜひ合図していただけますでしょうか。

企業の社会的責任というアジェンダの中に、環境についてはずいぶん前から入って、その後少し離れて追うような形で人権が追いかけてるというような状況は、私自身、議員時代に、当時外務大臣だった茂木さんと議論をした時に、ようやく環境がここまで来たと。人権アジェンダはまだそこまで行ってないんだよね、というような苦悩というか、問題意識をすごく感じていました。

でもそんな中で日本でも、中谷補佐官からお話があったように、2011年にビジネスと人権に関する指導原則、これが国連の人権理事会で支持をされました。そこから10年、日本も去年の10月ですかね、こういう行動計画でこれを進めていきますという計画を立てて、経団連の皆さんがハンドブックという形で企業の側から手引きに落とし込んでいただいたり、あるいは各企業もサステナビリティレポートというような形で、それぞれの取り組みを自主的に公開をしてきました。

ここ最近印象的だったのは、政治体制が劇的に変わったことによって、その地で企業活動していくことが人権的に許されなくなった例です。例えばミャンマー。以前からあった人権問題について調査や分析が進んで、やはり放置できなくなった例もあります。たとえばですが、ウイグルの綿です。

人権侵害の具体例がフォーカスされていくにしたがって、その場所からは撤退しますという決断をする企業、またはそういった生産地の原材料は使いませんということを決断する企業というのも生まれてきた。これはすごく顕著な出来事だと思ってますが、なぜ法制化のたたき台を示してみたいなと思ったかというと、そういう前向きな取り組みが進む一方で、やはりあの昨年のシンクタンクに原因があります。

日本企業の人道に対する取り組みが進む一方で…

菅野

国際シンクタンクのレポートで日本の企業サプライチェーンでの人権が放置しているのではないか、予防是正の仕組みがとられてないのではないか、というかなり具体的な指摘が散見されたりだとか。もちろん外国の捜査当局で、日本の企業が人道に対する罪という大変不名誉な疑惑で捜査の対象になったりだとかいうことが広がっていて……。前向きなステークホルダーの皆さんの取り組みのスピード感と、国際社会のスピード感にギャップがあって、それは何らかの形で埋めていく必要もあるんじゃないか、これは私の問題意識であります。政治部門の方とも、同じ問題意識が広がってきたと思っています。

それこそ中谷さんとやっていた人権議連、超党派の動きの中でも政府による制裁の責任だけではなく、企業にも政府のサポートのもとで人権に対する責任を果たして頂けるような法制化をしていこうということは、超党派の人権議連の中でも具体的なアジェンダとして上がっています。自民党の方でも、中長期的な課題として、この人権デューデリの法制化というのは検討の俎上には上がって入っていたんですよね。

中谷氏:

はい、そうです。

菅野:

そのように記憶しています。その動きが可視化されてきた中で、突然政府が決まったものを下ろしてくことではなく、こういうテーマはすごくみんなの納得のもとでスタートしていった方がいいんじゃないかと思っています。もし本当にいずれ法制化が必要になった時に、この日本社会のソフトローに次ぐ第一歩としてどんなことが考えられるんだろうかということを、論点出しの課題も兼ねて、問題提起のたたき台をお伝えしたいと思っています。

まず、この日本版人権デューディリジェンス法案というものなんですけれど、これは衆議院のいわゆる法律作りのプロである法制局の皆さんの力を借りて、今申し上げたような問題意識のもと、また井形さんからの国際的な知識だとか、佐藤暁子さんからの人権に配慮すると言うからにはこういうアジェンダがある程度カバーされている必要があるんじゃないかというような指摘もいただきながら、概要を取りまとめていったものであります。

〈プロフィール〉

菅野志桜里(かんの・しおり)

宮城県仙台市生まれ、武蔵野市で育つ。小6、中1に初代「アニー」を演じる。東京大学法学部卒。元検察官。2009年の総選挙に初当選し、3期10年衆議院議員を務める。待機児童問題や皇位継承問題、検察庁定年延長問題の解決などに取り組む。憲法審査会において憲法改正に向けた論点整理を示すなど積極的に発言(2018年「立憲的改憲」(ちくま新書)を出版)。2019年の香港抗議行動をきっかけに対中政策、人道(人権)外交に注力。初代共同会長として、対中政策に関する国会議員連盟(JPAC)、人権外交を超党派で考える議員連盟の創設に寄与。IPAC(Inter-Parliamentary Alliance on China)初代共同議長。2021年11月、一般社団法人国際人道プラットフォームを立ち上げ代表理事に就任

中谷元(なかたに・げん)

国際人権問題担当総理大臣補佐官。昭和32年10月14日(1957年)高知市に生まれる。土佐中・土佐高を経て、防衛大学校に進学。昭和55年、陸上自衛隊に入隊。レンジャー教官等歴任。昭和59年12月、二等陸尉で退官し、政治家を志す。平成2年2月、第39回総選挙において初当選。以来、連続当選を果たし、10期目

井形彬(いがた・あきら)

多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授・事務局長。専門分野は、経済安全保障、人権外交、インド太平洋における国際政治、日本の外交・安全保障政策。パシフィック・フォーラム(米国シンクタンク)Senior Adjunct Fellow。「対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)」経済安全保障アドバイザー

⻑⾕川知⼦(はせがわ・ともこ)

日本経済団体連合会常務理事。

佐藤暁⼦(さとう・あきこ)

ビジネスと人権市民社会プラットフォーム副代表幹事。弁護士。2006年上智大学法学部国際関係法学科卒業。2009年一橋大学法科大学院