自主的に考え、行動できる子どもを育てる――。 学校教育の現場では、詰込み型で受動的な教育から、主体的な発想を持つための教育へと転換が迫られている。だが実現にはまだ越えなければならないハードルが存在する。そんな中、世界に存在する複雑な問題に取り組む「課題解決型」思考を養う「国際バカロレア」教育を行い、日本の高校卒業資格を得られる全寮制の学校「ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン(UWC ISAK)」の取組みが注目されている。代表理事を務める小林りん氏に、実は高校時代からの友人であるという菅野志桜里(TheTokyoPost編集長)が「これからのあるべき教育の形」について聞いた。
目次
新しい学校教育の話を始めよう〈第3回〉
「自分で考える」「大人や目上の人に任せず、大事なことは主張して変えていく」という訓練を学校で積むことができない日本社会。そのひずみが、コロナ禍で「過剰な水際対策」として露呈した。また、教育の問題を何でも「新自由主義批判」「大きな政府論」で解消しようとする風潮は本当に正しいのか。これから必要な本当の教育論、最終回。(文中の入国制限の状況等は取材時のものです。)
〈対談〉
◆菅野志桜里(TheTokyoPost編集長)
◆小林りん(ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン 代表理事)
特異なコロナ対策でネオ鎖国が進行
菅野志桜里(以下、菅野):
教育現場にも多大な影響を及ぼしているのが、今のコロナ禍での日本の海外渡航の壁という問題です。現在、コロナ禍の原因がオミクロン株へ置き換わる中で、どうも日本だけが「ネオ鎖国」と言ったような現状を呈しています。
これまでの水際対策には、海外も含めて一定の説得力もあったのかもしれないけれども、オミクロン株のようにこれだけ感染力が広く、弱毒性であるという性質がかなり明らかになってきたこの状態で、強過ぎる水際対策が本当に妥当なのか。海外からは「ネオ鎖国」とか、#JapanTravelBan、つまり日本が鎖国しているせいで旅行・渡航ができないと海外から非難されるまでになっています。
そういう状況下では、りんちゃんが代表理事を務める学校、UWC ISAKも、多くの留学生を抱えている分、問題が直撃していると思うんですよね。今、日本の対応は、りんちゃんの目からはどう見えていますか。
小林りん(以下、小林):
実際には、再入国は許されているので、去年まで在籍していた外国人の子はすでにビザを持っているので、入国可能になっています。しかし新規で入国する外国人留学生と、それから外国人労働者の方を含めて37万人以上の外国人がビザを待っています。
私たちも200人の生徒の中で、新規の新入生が50人近くいたんだけれども、そのうち30人はユナイテッド・ワールド・カレッジのタイの姉妹校に全員転籍してしまうという本当に苦渋の決断をせざるを得ませんでした。
この30人は高校2年生からの編入生だったので、もう高校2年も終わってしまうし、残された時間も少ないし、一連の卒業試験も迫ってきているので苦渋の決断をしたんです。残り20人の高校1年生については、いまだに日本に入国できていない(2022年1月時点)状況です。
そういう私たちの現場のミクロな課題もそうなんだけども、さらに一歩引いたときに心配なのは中長期的な影響です。こういう政策をかれこれ2年間やってきているので、そうすると日本というのが留学先、あるいは労働者の方にとっても就労先として、選ばれなくなりつつあるというのはすごく実感しているところです。
例えばハーバードのライシャワー日本研究所は、日本研究の中で全米の権威で、毎年100人もの学部生から研究者までを、日本に送っています。ところが2021年は、20人ちょっとしか応募がありませんでした。今年に至っては、希望者がいないのではないかと関係者が憂えていました。日本の国境がいつ開くか分からないですから。日本が外国人に対してこういう対応をずっと取っていることで、中長期的に見たときに、日本研究者や親日派を減らしていくんじゃないか、と強い危機感を持ちました。
菅野:
やっぱりそうなんだ。
小林:
これが日本だけではなく、全世界が同じように対応していた2020年時点では、おそらくそれほど大きな問題じゃなかったと思うんだけれども、2021年からはG7の中で、ここまで閉鎖的な対応をしているのは日本だけ。世界中を見ても、北京五輪が迫っている中国と日本、それからニュージーランドが留学生に対して国境を閉めている以外は、基本的には、ほとんどの国が開いている状態。オーストラリアもいったん閉めたんだけれどもまた再び開いていますし、当然欧米は全て開いているという状況の中で、本当に日本と中国、ニュージーランドが、かなり特異な国として海外の諸外国の皆さんの目に映っているのは間違いないです(何も2022年1月時点)。
せっかく親日派として日本を選んで、国境が開くのをずっと今か今かと待ってくれていた人たちの落胆や、日本に対する複雑な気持ちが膨らみつつあるのを感じます。
ファクトに基づかない政策が横行
菅野:
私自身も2021年の秋口までは、国会議員として、「国内での国民の行動の自由をできるだけ広く保障するために、水際対策はしっかりやってほしい」というメッセージを随分、強く発信をしていました。
ただ一方で、今は日本として、海外からの留学生や、あるいはビジネスとして就労される方をどういう哲学で受け入れていくのかということも、しっかり考えるときが迫ってきている、と感じています。
そもそも日本の政治の現場では、海外の労働力を日本に迎え入れるかどうか、移民賛成か反対か、という点で、左右分断しがちなアジェンダ設定が今まで立てられてきて、だからこそ残念ながら、これは移民政策ではありませんと言いながら特定技能制度という制度を使って広げていくというようなこともなされてきました。「完全にオープンにはしないけれど、特別なルートであれば受け入れます」というのが留学でも就労でも設けられているのが実態です。
もっと言えば、これは少し話がそれるかもしれないけれど、例えば2021年8月にアフガニスタンから米軍撤退した際にも、バックグラウンドとして私は日本社会にあるのと同じ問題を感じたのね。本当に日本以外の各国が、これまでアフガニスタンの平和構築に共に携わってきた現地の人たちをとにかく待機させるんだということで、相当例外的に一生懸命連れ出した。
一方で、日本が救出したのは日本人の方1名だけで、現地の方は一人も連れ帰らなかった。共に働いてきた、あるいは共に働こうとしている海外の人を、日本社会が受け入れるバックボーンみたいなものを、私たちは議論を先送りにして逃げてきたんじゃないか、ということを突きつけられた気がしました。それが難民問題にも現れるし、コロナ禍というときには「水際徹底」という過剰反応になって現れるし、おそらく平時になっても同じように、「外国人排斥」的な別の形で現れていくんじゃないかと思っています。
小林:
そういう意味で、私は今回のことで二つ、大きく教えられるところがあったなと思っています。一つは、今志桜里が言ってくれた、「日本としてどこまでを日本人として捉える のか」という、国としてのスタンスが現れたという点。
結局、日本国籍を持つ、日本国のパスポートホルダーしか日本人として認めないという考え方なのか、あるいはビザ保持者である労働者の方たちとか留学生の人たちとかも含めて、日本をこれから一緒につくっていく大切なパートナーだと考えるのか。ここがすごく大事なポイントだと思っていて。
よくいわれる言葉だけど、日本が右肩上がりでずっと来ていた時代は「日本国籍保持者だけを日本人とする」という発想で良かったかもしれないけれども、これからどんどん労働生産人口も減っていく。人口そのものもどんどん少子高齢化が進んでいくという中において、本当にそういう考え方でいいのかどうか。これが一つ、大きな中長期的な課題を突き付けられたと思っています。
もう一つは、やっぱりファクトベースというか、エビデンス・ベースドのポリシー・メイキング(EBPM)、つまり証拠に基づく政策立案の重要性です。
最近、EBPMはよく言われるようになりましたが、例えばオミクロン株については、2021年末には既に南アではピークを越え始めていて、確か年末に日経新聞でも報じていましたが、南アの国立伝染病研究所の発表によれば、オミクロンは他の新型コロナの株の場合と比べると、入院率が8割ぐらい低く、重症化も7割ぐらいは低い、というデータが出ていた。
そういう客観的なデータが存在するのに、これまでと全く同じ対応でいいのかどうか、考えるのは当然のことだと思いますね。今も感染症分類を5類にするか、2類のままか、という議論がかなりヒートアップしているけれども、今のままでいいのかどうかは、エビデンス、あるいはデータ、統計を基にしっかり国民の皆さんに話をして、こうなんですよと説明して、相応の対応に導いていくというのが本当のリーダーの姿なのではないか。この点は、今後の政府に期待したいところではありますね。
世界から「見切られる」日本
菅野:
同感です。どうしてこうなるのか、その根幹には「お任せ民主主義」とでもいうべき問題があるんだろうと思っています。いざというときは、お上をある程度、信頼してお任せしますという状況が、国民の側にもある。
緊急事態宣言にしても、今出ているまん延防止措置にしても、発令するにはリスクが高いのですが、政治に対して「ほどほどのところで、そちらのさじ加減でよろしくお願いします」となってしまうこのカルチャーが許容されてしまっている。
そもそも、こうした国民生活に制限を加える措置が、根拠法を欠き、あるいは宣言を出すのに国会承認が要らなかったりすること自体、問題視されてしかるべき。それを許してしまうカルチャー、つまり、エビデンスを情報公開の下でしっかり国民に示して、問題があればブラッシュアップされた上で適切な措置が取られていくという、このプロセスが抜けているのが日本の政治の現状です。
小林:
これって、政治システムの問題のように見えるかも知れないけれど、私たち一人一人の問題として考えることが重要なんですよね。政治が悪いとか、政治のせいにするとかということよりは、私たちが、選挙民一人一人、世論を形成している私たち一人一人が、こうした状況に対してどう考えて行動しているか、という問題で。
今回の「ネオ鎖国」については、12月に発動された直後の世論調査では89%の国民が支持しているわけで……。
菅野:
そうなんですよ。
小林:
その結果を見ても、これは政府の責任というよりは、危機に際してにどれだけ私たち一人一人が、ファクトや情報を自分たちで取りに行って、自分たちで調べて、判断できるかにかかっている。
流れてくる報道をそのままうのみにするのではなくて、正しく恐れる。もちろん、分かっていないこともたくさんあるのは当然、そうだけれども、今まで出そろっている統計、それに対して政府が何を言い、判断しているかを、一人一人が考えていく。それを選挙民として打ち出していく。そうした世論形成の先に、国家としての本当のエビデンス・ベースドにあるポリシー・メイキングが待っているんじゃないかなと思うんです。
そういう意味で、今回のこの志桜里との対談にお声掛け頂いたときに、「政治家にお任せではなく、政治家側が耳を傾けるに値する『世論』を、私たち一人一人が作り上げていく」ためのメディアである「TheTokyoPost」のオープニングでこういうお話ができると思って、ぜひ一緒にと思ったんです。
「教育現場」の問題を解決するのは「大きな政府論」ではない
菅野:
どうもありがとう。本当に、「いい締め」の言葉をもらっちゃったんだけど(笑)、最後に一つだけ。2021年12月14日付の朝日新聞「耕論」欄で、りんちゃんが「新自由主義」について話していたでしょう。3人の論者のうちの1人としてインタビューを受けていたんだけれど、その答えが本当に面白くて。この考えの背景を最後に教えてもらえればと思います。
インタビュー記事について少し説明すると、「新自由主義」というお題の中でりんちゃんが言っていたのはこういうことでした。
「格差の再生産を直す鍵は教育にある。でも、教育問題の解決に今必要なのは、新自由主義から脱却して大きな政府になればいいということではむしろなくて、健全な市場原理を導入して、やっぱり民間が現場の力を発揮できる、そういう環境をつくることだ」
これがすごく新鮮で印象的だったんだよね。格差是正というとイコール新自由主義からの脱却で、それはやっぱり大きな政府による再分配機能を強化するんだという定石がある中で、教育の立場から見た一石を投じたこのセリフは、すごく面白いなと思ったんです。
小林:
ありがとう。私ももちろん、教育の格差是正というのはすごく大事だし、経済格差が教育格差につながってはいけないと思うし、だから私たちも奨学金を約7割の生徒に出しています。
一方で、では格差是正が必要だからといって、それを国がトップダウンでやっていくべきだと結論づけて大きな政府(文科省)を要請すべきかというと、ちょっと違うんじゃないかと思うんです。教育の現場で、今課題になっているのは、もちろん教育の格差の問題もそうだけれども、多様化する子どもの個性やニーズに教育の選択肢の多様性が追いついていない 、ということだと思ってます 。今、学校現場で何が起きているかというと、急激な少子化にもかかわらず、不登校の数だけは劇的に伸びているんです。これは学校や教育のニーズとサプライ、つまり、現場でやっている教育と、子どもたちの多様なニーズとの間に、大きなギャップが生じている証拠じゃないでしょうか。
こういう状況があるにもかかわらず、そこでまた政府が「大きな政府」として、手取り足取り、教育内容や学校の在り方を政府が決めます、それを現場でやってくださいと指導するかわりに、現場の先生や保護者の方々や生徒児童自身が一番よく知っているはずの子どもたちのニーズ、多様な個性をうまく拾い上げていくことじゃないのかな、と。
急速に変化する社会やニーズの中においては、新しい教育を語るとき 、何が必要なのか、というのは、実は現場に近い人たちこそが一番よく知っているはずなんです。だからできるだけ、現場に近いところで判断ができるようにしていくほうが、教育も、特に多様な個性に対応できるんじゃないかと感じています。
不登校に表れているように、多様な個性、多様な声にこたえられていない問題があるときに、それに対処できる教育をしていくには、今の「新自由主義からの脱却」、「大きな政府」「政治がトップダウンで対処します」といった発想では、実際のニーズと逆行してしまうんじゃないかと。そこで、あの記事では警鐘を鳴らさせて頂いたつもりです。
菅野:
警鐘、すごくいい音で鳴っていました。
小林:
鳴ってた?(笑) ありがとう。
菅野:
ぜひまた、教育の現場でのさらに若い世代の新規参入を妨げるものとか、それを乗り越えて挑戦したことで出てきた成功例とか、そういう話をまたりんちゃんとできたらうれしいなと思っています。
小林:
ぜひぜひ。私だけじゃなくて、今教育界で新しいことをやっている仲間がたくさんいるので、機会をもらえるのであれば、どういうふうに苦労しているかとか、どういう問題意識を持っているか、どこに変革のチャンスがありそうかといったことも含めて、彼らも交えていろんな現場の声を聞いてもらえるとありがたいです。
***
教育環境に変化をもたらすには、日本社会そのものの意識改革が必要と言えそうだ。まずは「お任せ民主主義」からの脱却ではないだろうか。
新しい学校の話をしよう【菅野志桜里✕小林りん対談】
〈第1回〉リーダーシップ教育の新しい形 多様性の中で合意形成を図る「学校」の可能性
〈第2回〉子どもの無限の可能性にふたをしない」ギフテッド教育へのトライ
〈第3回〉2年間の留学生差し止め「水際鎖国」が未来へもたらす影響 ←今ここ
〈プロフィール〉
小林りん(こばやし・りん)経団連からの全額奨学金をうけて、カナダの全寮制インターナショナルスクールに留学した経験を持つ。その原体験から、大学では開発経済を学び、前職では国連児童基金(UNICEF)のプログラムオフィサーとしてフィリピンに駐在、ストリートチルドレンの非公式教育に携わる。2007年に発起人代表の谷家衛氏と出会い、学校設立をライフワークとすることを決意、2008年8月に帰国、インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(ISAK)を創設。2017年に同校がユナイテッド・ワールド・カレッジの世界17校目の加盟校となり、校名を「ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン」に変更。 1993年国際バカロレアディプロマ資格取得、1998年東大経済学部卒、2005年スタンフォード大教育学部修士課程修了、2017年イエール大学 「グリーンバーグ・ワールド・フェロー」。2018年一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ理事就任、2020年ユナイテッド・ワールド・カレッジ (UWC) 国際理事就任。
菅野志桜里(かんの・しおり) 宮城県仙台市生まれ、武蔵野市で育つ。小6、中1に初代「アニー」を演じる。東京大学法学部卒。元検察官。2009年の総選挙に初当選し、3期10年衆議院議員を務める。待機児童問題や皇位継承問題、検察庁定年延長問題の解決などに取り組む。憲法審査会において憲法改正に向けた論点整理を示すなど積極的に発言(2018年「立憲的改憲」(ちくま新書)を出版)。2019年の香港抗議行動をきっかけに対中政策、人道(人権)外交に注力。初代共同会長として、対中政策に関する国会議員連盟(JPAC)、人権外交を超党派で考える議員連盟の創設に寄与。IPAC(Inter-Parliamentary Alliance on China)初代共同議長。2021年11月、一般社団法人国際人道プラットフォームを立ち上げ代表理事に就任