画像:shutterstock 冷戦 新聞見出し
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「アフガニスタン人権戦争」に敗北したアメリカが露中に仕掛ける新人権戦争

米中露:新冷戦の中で、私たちはアメリカのための“地雷原”国家になるのか。それとも?〈その4〉

伊勢崎賢治氏(東京外国語大学教授/紛争予防と平和構築専攻科)が国際政治・外交・防衛について語るコラム。今回は、新たに世界が二分しつつある新冷戦の構図をアフガン戦争より紐解く。

アフガン20年人権戦争は「バイデン敗走」で終止符を打ったが…

ソ連撤退、そして冷戦の終結後、アフガニスタンに誕生した(旧)タリバン政権。その強権政治による人権侵害を、欧米諸国、メディア、そして国連機関までが挙って喧伝した「人権外交」の末、2001年9月11日同時多発テロを契機に、アメリカによって開戦されたアフガン戦争。

それは、アメリカの勝利を見ないままアメリカ建国史上最長の戦争になり、20年後の2021年、「バイデン敗走」と新タリバン政権誕生で一応の幕を引いた。

その「20年」の創成期に深く関わった当事者の一人として、この世紀の大失敗への非難を僕は真正面に受けるつもりである。

しかし、だ。

日本、特に一部のイスラム学者・研究者を中心に看過しがたい言説がまかり通っている。

「アメリカがアフガニスタンに価値観を押し付けた」という事実誤認

この世紀の大失敗は、「人権や民主主義というアメリカの価値観を武力で押し付けた」結果だから、これからの「タリバンの価値観、特にジェンダー観をアメリカの基準で判断するな」という言説だ。

それが、アメリカへの批判から発したものであることは僕も理解する。しかし、事実誤認がある。

アメリカは価値観を押し付けるために武力で押し入ったのではない。本土攻撃を受けたからだ。「その2:アフガニスタンから見る新冷戦~タリバンは復活し、アメリカは「無責任に」撤退した」で説明したように、国連憲章第51条の必要要件を満たした自衛権の行使である。日本人の大半が憲法9条も許すと思っている…僕はそう思っていないが…あの個別的自衛権である。

新しい価値観は、アメリカの完全勝利から始まった占領統治と新国家建設の課程で“押し付け”られた。しかし、それは本当に押し付けられたのだろうか。

アメリカが完全に勝利した後の国家建設という共通点で、アフガニスタンと日本の比較は学術的意義がある(異論はあろうが、少なくとも僕がアフガニスタンで一緒に活動したアメリカ軍・政府関係者たちは、日本の戦後を頻繁に引き合いに出していた)。

結論から言おう。アフガンの占領統治は、日本の戦後のGHQの作業と比べ物にならないほど、アフガン人の主権とオーナーシップの尊重に貫かれていた。

まず、新しい憲法制定では、国連をはじめとするアメリカ“以外”の国際社会の支援を受けながら、憲法の草稿から、すべてがアフガン人の手によってなされた。「押し付け憲法論」などがまかり通る隙は微塵もない。

その新憲法において、人権や市民の権利の尊重が貫かれているのは言うまでもない。その精神は女性の権利のために議席の4分の1を確保する法の制定や、「女性問題省」の設立などと連動している。

国連を中心とする国際社会はこぞって、その精神の体現を支援したのだ。日本も例外ではなく、JICAを通じて、お茶の水女子大などから優秀なジェンダー学の専門家たちが参画し、大いに貢献したのだ。しかし、主役は常にアフガン人であった。

アフガニスタン❝安定❞のカギは多様性の許容か外貨準備金か

これら、全世界が結集したアフガン人の主体性への、考えうる最大限の工夫の「20年」が昨年2021年、「バイデン敗走」をもって完全に崩壊したのだ。

バイデン敗走は、アフガン人が実現しようとした(これを再度強調したい)、私たちの「人権」の敗北なのである。「戦前回帰」をタブー化した日本の戦後のように、それは「人権」に諍うものであるから、二度とタリバンの価値観にこの国を支配させてはならないと、20年間に渡って戦われた「人権戦争」の敗北なのである。

今、私たちは新タリバン政権が掌握したアフガニスタンの“安定”と引き換えに、“妥協”を迫られている。「人権」を盾にこのまま経済制裁を継続してこの政権が崩壊すれば、ただでさえ深刻なこの国の人権状況が更に悪化するのは、火を見るよりも明らかだからだ。

世界では、日本でもそうだが「多様性」という言葉が美しい響をもって語られ、その希求が人類が求める平和の代名詞になっている。多様性「後進国」日本の国民として、僕にもその希求と実現にただならぬ自負がある。

しかし、はたして人権やジェンダーの価値観に、その多様性はどこまで許されるのか? 

アフガニスタンでの敗北を受けて、私たちはこの問題に直面している。

それが許されるなら、どのくらいの期間許されるのか? その期間が過ぎたところに目指すべきは、やはり我々の「人権」への同化であるのか。

アフガニスタンの“安定”に必要な財政の命運を左右する外貨準備金のほとんど全てがアメリカの銀行にある。この論考を認めている現在、その制裁解除をめぐってアメリカ政府と新タリバン政権との交渉が、カタールなどの第三国を介して進んでいる。

「マグニツキー」vs 人権の普遍的管轄権

「人権外交を超党派で考える議員連盟」https://jinken-gaikou.orgが実現しようとしている「人権侵害制裁法」は、2019年の香港区議会議員選挙の際に民主派グループが組織した国際監視団の一員として招かれ帰国した僕が、国民民主党の菅野志桜里議員(当時)に相談して、衆院法制局と始めた作業が発端となった。

その法案は、当時トランプ政権が発動しようとしていた「香港人権法」、通称「マグニツキー法」に倣うものであった。

マグニツキー法とは、トランプ政権以前にロシアにおいて政府の巨額横領事件を告発したロシア人弁護士「セルゲイ・マグニツキー」が獄中死したことを受け、オバマ政権がロシアの関係者への制裁を講じたことに端を発している。現在、通称「グローバル・マグニツキー」として、アメリカのみならず西側諸国にも定着しつつある。

この論考の発端となったノルウェー、オスロ国際平和研究所から招待を受けた僕は(その1:米中露の新冷戦~最前線の北極圏が生き残りをかけるを参照)、日本版マグニツキー法に少なからず関わった経験を披露する機会を得た。

結果は? 驚くほどウケなかった。

オスロ国際平和研究所は、人権に由来する世界平和研究のメッカである。なのに、なぜウケなかったのか? 

それは、人権の侵害を引き起こす悪政を正す行為は無敵の正義であるが、それを「マグニツキー法」と呼んだ時点で、人権の普遍的管轄能力は消失するからである。アメリカとそれに与する陣営がロシア(そして中国)を標的にする政治的恣意に、本来普遍的であるはずの人権の管轄が支配されてしまうからである。

ウイグル問題を象徴として北京冬季オリンピックのボイコットで顕在化したように、「人権外交」とは大国間の政治的恣意に左右されるリアル・ポリティックスだ。しかし、例えばノルウェーのようなその大国の狭間に位置する国にとって、アメリカの人権外交に与することはノルウェー自身の国防の命運を賭けたリアル・ポリティクスに、ツケとして跳ね返ってくる。

ノルウェーは冷戦の終焉後、アメリカNATOがバルト3国を「トリップワイヤー国家」にするずっと以前から、ソ連に接する唯一のNATO加盟国として、その“緩衝”の役割を果たしてきた(その1:米中露の新冷戦~最前線の北極圏が生き残りをかけるを参照)。

具体的には、アメリカNATO軍の駐留や核の持ち込み・通過の不許可を貫き、ロシアとの国境付近での軍事演習でさえ抑制してきた。繰り返すが、NATOの創立メンバーの一人でありがなら、だ。

隣人ロシアに対して「ノルウェーは敵じゃない」外交を、戦後からずっと国是として貫くことで、パレスチナ問題のオスロ合意などで代表される、世界にも寄与する“平和大国”の面目躍如としてきたのだ。

それが、2014年のロシアによるクリミア併合後、微妙に変化し始める。小規模だが戦後初めて、(常駐しないことを条件に)アメリカ海兵隊の駐留を許し、昨年2021年5月には、これもノルウェーの戦後史で初めてだが、アメリカ攻撃型原子力潜水艦が北部トロムソ市の民間港に寄港した。

しかし依然、「ロシアを刺激しない」政治勢力は、国内世論においても顕然であり、根強い。その理由は簡単、明確だ。

有事において、真っ先に戦場となるのはアメリカや他のNATO主要諸国ではなく、ノルウェー自身だから、だ。

オスロ国際平和研究所の講演で、日本版マグニツキー法の話題がウケないのを見て咄嗟に僕が放ったジョークは、それなりにウケた。

「マグニツキー法」の代替えとして、「ジョージ・フロイド法」はちょっと無理だけど、「ジャマル・カショギ法」なら、いけるかもね?

以上、この小論のむすびとして、以下を記す。

アフガニスタンで「人権戦争」に敗北したアメリカが、対ロシア・中国をターゲットに世界を二分する「人権戦争」を主導するのが、現在進行する新冷戦の基本構造である。

明確な活路を提示することは、敢えてしない。上記の認識を提示することで止めておく。

次回その5:Japanification(日本化):北極圏の小国への示唆として(仮)へ続く

その1:米中露の新冷戦~最前線の北極圏が生き残りをかける

その2:アフガニスタンから見る新冷戦~タリバンは復活し、アメリカは「無責任に」撤退した

その3:新冷戦に必要な「分断」~敵はテロリストから人権侵害国家

その4:「アフガニスタン人権戦争」に敗北したアメリカが露中に仕掛ける新人権戦争 ←今ここ

その5:Japanification(日本化):北極圏の小国への示唆として(仮)