日本の人権DDを考える_国際人道プラットフォーム
日本の人権DDを考える_国際人道プラットフォーム

日本の人権デューデリジェンスを推進 2023年G7日本開催にむけて

2021年12月21日、国際人道プラットフォームと日本若者協議会が共催するウェビナー「日本の人権デューディリジェンス促進のあり方を考える」が開催された。国際人道プラットフォーム代表理事の菅野志桜里氏、国際人権問題担当総理大臣補佐官の中谷元氏、多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授・事務局長の井形彬氏、日本経済団体連合会常務理事の⻑⾕川知⼦氏、ビジネスと人権市民社会プラットフォーム副代表幹事の佐藤暁⼦氏が登壇し、「日本の人権デューディリジェンス」をテーマに議論を行った。

日本の人権デューディリジェンス促進のあり方を考える〈第4回〉

前回は経団連長谷川常務理事より企業の人権デューディリジェンスへの具体的な取り組みを発表があり、佐藤暁子弁護士が人権保障の観点から法制化についての見解を述べた。今までの識者のコメントを受けてより深い議論を進めていく。

〈パネリスト〉

菅野志桜里(国際人道プラットフォーム代表理事)
中谷元(国際人権問題担当総理大臣補佐官)
井形彬(多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授・事務局長)
⻑⾕川知⼦(日本経済団体連合会常務理事)
佐藤暁⼦(ビジネスと人権市民社会プラットフォーム副代表幹事)

日本独自の人権DDの法制度を急ぐべきとする理由

中谷元氏

菅野志桜里(以下、菅野)

ここまで聞いていただいて、中谷さんいかがですか。

中谷元氏(以下、中谷氏):

どのような仕組みがいいのか皆様のご意見を聞いておりましたけれども、かなり課題がたくさんあって、すごくギャップが大きいと思います。観点としては3つ。まず人権侵害の救済という観点においては相手の国の人権ですから、その当事国の人々を救済するための基本的な措置なんですね。2つ目は損得の勘定で、自国の国益もありますし企業の利益もありますけれども、そういった損得勘定で考えるとどうなのかと。3つ目は国際ルールということで、各国バラバラであれば非常に混乱も出てくるし、最後佐藤さんが言われた開示の範囲ですね。そのためには経済情報の開示がどこまでできるのか、企業も全てさらけ出すことに対して抵抗もあろうかと思いますけども。先ほど一覧表で見せられたものに本当に最後まで書いていくのかというと、中小企業とか、そんな事務員さんはどこにいるんだというようなことで、こういった現実的な問題等もありますが、とにかく早急に各国、アメリカにしてもドイツにしてもスタートするわけですから、日本としての対応のルールづくり、これは始めなきゃいけないと思います。それからもう一点は何が正しいかという検証の中で、不当なことに対する訴え、それから救済の措置、決して泣き寝入りにならないようにその企業側の主張が認められるためにそれを発動した国に対して、何らかの手段で証明する必要もありますので、こういったことを考えますと、非常に沢山の課題があるなと感じました。

菅野:

そうなんですよね、本当に課題・論点が大きくて。改めて中谷さんのお話を伺って、そこで侵害されてる人権があるなら救済しなきゃいけない。しかし、ビジネス合理性を有した判断である必要もあるし、そして国際ルールに沿ってなければならないという。一つの問題提起をいただいたと思いますけど、井形さんここまで聞いていかがですか。

井形彬氏(以下、井形氏):

僕からは2点話したいかなと思ってまして、まずまさに中谷先生が最後に言われた3本柱の3つ目の国際ルールのところで、バラバラだと企業困るだろうっていうところ、これ絶対あると思うんですよね。例えば、日本で法制化をしないと、欧米でどんどんどんどんルールが固まって、気づくと国際標準ができてしまっていて、日本の大手企業ってだいたい国際的にも展開するところがあるので、実質的に欧州が作ったルール、あるいはアメリカが作ったルールをデファクトスタンダードとして受け入れざるを得なくなるという可能性があると思うんですよ。

これはもうずっとやられてきたことじゃないですか。例えば個人情報(保護)でGDPRっていう枠組みがありますが、あれもEUが決めて、最終的にはEUが法制化したからEU域内で活動する日本企業は全員これ守ってくださいねということで法制化されちゃいました。サイバーセキュリティに関してはアメリカのルールを日本が受け取った形になるんですけども、NIST標準ってのがありまして、日本がサイバーセキュリティを守っているというのだったら日本独自で作ったルールではなくて、アメリカが作ったルールを守っていきましょうというような方向になってしまっている中で、本当に人権DDも同じになってしまっていいのかなっていう疑問もあるんです。例えば、日本は日本で法制化して人権DDとしてこういう法律作りましたと。外交の場で、例えばヨーロッパやアメリカと交渉する上で、全く同じ人権DDの法律ではないかもしれない。ただ同等性があると言ってもらえれば、例えば日本の企業は日本のルールに従っているので欧州でもアメリカでもこの調査結果で許してくださいねと。逆にヨーロッパはヨーロッパで決めたルールに従っていれば日本の方の人権DDの法律には遵守しなくてもいいですよという形で手間が下がるところがあると思うんですよね。なのでその辺りをビジネス界がどう考えてるのかを、ひとつ聞いてみたいかなと思いました。

企業に人権DD情報公開を義務づけることは有効か

井形彬氏

井形氏:

あと経団連さんの方の意見を聞きたいと思っているのが、今回菅野先生から出された概要は、法制化と言うとものすごいがっちりやられてしまうんじゃないかという印象がある一方で、よくよく読んでみるとそんな厳しくないですよね。要は年に1回あなたの企業、しかも300人以上の大手企業だけ人権侵害対象として人権DDとして何をしたかを教えてくださいというだけじゃないですか。報告書にまとめてそれをウェブサイトにアップしてくださいねと。これアップしちゃえばいいだけで、しかもペナルティーもないということになるとあんまり厳しくないんじゃないかなと思うんですね。逆にそれを義務化することによって何が起こるかというと、僕も一消費者として、これだけある企業の中で、あるアパレルが強制労働を使って作ってるっていう話が出てくると、100円くらい高くても、今度ワイシャツを買うんだったらここじゃなくて別のところで買おうかなと思うと。

じゃあどこがその強制労働対策でちゃんと人権DDやってるか、ちゃんとサプライチェーンに特定の国や地域が入ってないかを調べようと思っても、なかなか情報を得られないんですよ、一消費者としても。逆にこうした状況だと例えばコストを払ってでも我々はちゃんと人権DDをやっていますと。そういうところはある意味ブランドとして、今まさににSDGsで環境対策はちゃんとやっていますというのがアピールポイントになるように、我々強制労働がないようにしっかりやってますよというところがアピールポイントになるような環境を整えてあげないと、人権DDは進まないんじゃないかなという気もするんですよね。なのでこのあたりについてもぜひいろいろと意見を聞ければなと思っています。

菅野氏:

今の話だと長谷川さんに話をふらせていただいていいのかなと思いますけども、今の2点ですね、海外展開している企業さんからはやっぱり国際標準とのギャップに困っていると、じゃあ私たちはどこに合わせたらいいんでしょうか、たぶんそんな具体的なお声も聞かれてると思いますし。後は確かに事業種別によってリスクも地域も違う中で、ただまあ情報公開をしてくださいという一般化くらいはダメなのかなっていうのは私も確かに思いました。

長谷川知子氏

⻑⾕川知⼦(以下、長谷川氏):

その国際標準化をしてほしい企業の方からの声も多数寄せられる意見です。今まさにEUが2022年中に、環境人権DDに関する指令を公表すると聞いておりますが、その前にサステナブルコーポレートガバナンスというものに関するファブリックヒアリング、コメントを募集しまして、そこに経団連も意見を出しました。多くのビジネス、ヨーロッパやUSCIB(アメリカ国際商工会議所)、そういった海外の団体も、いわゆる標準化をしてくれるのが望ましいという意見が多数あったと思います。ただ、なかなかそれが担保されてないんですね。つまりEUが今度環境人権DDの指令を出したとしても、じゃあEUの企業が全部同じ方針を適用するのかと言うと多分そうではない。各国で要するに人権に関する関心が違うんですね。それにまた追加で色んな要素を入れてくると。やっぱりEUであってもなかなかその標準化が進みづらい状況でございます。アメリカも独自の世界というか、先ほどバイデン政権の話がございましたけれども、そういったことでなかなか人権の話は動いていない。グローバルにWTOのような形で標準化するのであれば、企業にとっても取り組みやすい面があると思うんですが。さらに言えば、もうすでに国連が定めたビジネスと人権に関する指導原則というのがあって、それをさらにOECDの方でも人権デューデリジェンスガイダンス、RBCガイダンスも出していて、多くの、経団連の今回の手引きとハンドブックもその内容に基づいて取り組みを進めてくださいと言ってるので、すでに各国の主要企業に取り組んでいるという状況です。そういう意味では、一つの基準に従って国際原則に従って今取り組みを進めているという状況ですので、さらに色々な複雑な要因が加わるのはどうかということがございます。

あと、情報開示ぐらい(よい)じゃないかというとこにつきましては、逆に言うと大手企業は大体サステナビリティ報告書の中で、指導原則に基づく人権方針ですとか人権DDに対する取り組みについては情報開示されてるんですけども、それだけで全てが解決するかと言うとそういうわけでもない。やはりその途上国のパーム油ですとかプランテーションですとかそういうところに現地に行って監査を、 CSR監査をしていかないといけない。やはり本当に個別の人権侵害に対応するためには、情報開示だけでは足りないんですね。現地に行って、CSR 監査をしてトレーニングをするとか現地の労働組合と建設的対話をするとか、そういうことでしか個別の人権侵害を救済するとか解決することにはつながらなくて、すでに多くの日本企業は(情報開示は)やっているので、経団連としたそういう取り組みをもっと推進していきたいと思っていることでこざいます。

国際的なルール作りで日本がイニシアティブを発揮するために

菅野志桜里。中谷元氏

中谷氏:

経団連の取り組みについては非常に前向きで素晴らしいと思いますが、一つルールについて助言したいと思うんですけれども、2021年10月20日にG7の貿易大臣会議が開かれて経産大臣の萩生田さんが出ました。その時に決まったこととして、サプライチェーンの強制労働についてはこれは厳しく対応していこうという声明が決まりまして、萩生田大臣の方で予見の可能性が必要だと合意をされました。2022年、23年と G7の貿易大臣会合がありますので、これからアメリカとヨーロッパでルール作りをしていくということで、目標は2年後の日本で開催されるG7、これで企業の予見の可能性についてルール作りを行っていこうという流れでありますので、それを目標に政府も取り組んでいきたいと思います。

菅野:

なるほど。確かに萩生田さんは、先日のG7のあとの会見でも結構積極的で、会見でも行動するんだというような話までされていたんですよね。その中で2年後の日本でのG7の時に一定の予見可能性を持った共通指標の方向性を日本企業にも示すことができればというお話だと受け止めたんですけども、ここで佐藤さんに聞いてみたいと思うのは、今の二つの論点、両方ともずっと核心的な論点だと思うんです。確かにサステナビリティレポートをすごくきっちり出している企業でも、ウイグルの強制労働関与の疑惑に対しては明確な回答ができずにいたりする。でもその問題を、どう解決できるのかも長谷川さんの話を聞いて頭をよぎっていたりとか。あとは国際標準のルールメーカーに日本もなった方がいいんじゃないかという指摘について、確かにEUで来年の環境人権DD指標がどこまで国際標準としてのパワーを持つのか、アメリカは確かに独特の動きも見られますよねということも感じたりしていました。

佐藤氏:

まず、企業の方の取り組みが少しずつでも進んでいるというところ、私自身も企業の方とお話をする機会が本当に増えてきたと感じます。私もこの分野を始めるまでは、企業の方のサステナビリティのご担当の方とお話しする機会もほとんどなかったので、そういう意味ではなるほどこういう風に個社で色々創意工夫をされているんだなというところは、非常に尊敬するところが多いです。ただ残念ながら一方で、それで足りているのかというと、世界国内も含めてですね見てみると、残念ながら人権の状況が改善しているのかというとやはりここは疑問符をつけざるを得ないと思います。

人権侵害の被害者を救済する仕組みづくりを

佐藤暁子氏

そういった意味で、先日ジュネーブで毎年行われているビジネスと人権のフォーラムでも、この指導原則の10周年、次の10年に向けてというロードマップが出されましたけれども、その中でも企業の皆さんにはさらなるスケールアップをすることが強く言われていました。その点からこの今回の法案、さらにはいかなる人権デューディリジェンスであっても人権リスクこれ自体が、人権デューデリジェンスをすることは人権リスクをゼロにすることではないんですよね。つまり人権リスクというのはどれだけ人権デューデリジェンスをやったとしても当然発生しうるものです。やはりそれは事業活動が社会環境に対して一定の負荷を与える、そういったことから避けられないと思います。従って、こういった人権デューデリジェンス、つまり企業の側からアクティブに、積極的にサプライチェーンをはじめとする事業活動に関連する人権リスクの調査・特定して、予防・軽減を行うと。同時に、やはり第3の柱である救済のメカニズム、これを企業としてオープンにしていただくということが非常に重要と思います。

先ほどまさに長谷川さんもおっしゃっていたような個別の事例、人権デューデリジェンスのプロセス、下からの取り組みだけでは明確にならないものについてもこういったまさにライツホルダー、それは支援をするNGOなども含みますけども、こういったところから声があがる、そういった窓口を設置していただく。しかも指導原則は丁寧に、どのような窓口が必要なのか、どういった要素が必要なのかというところで、アクセス可能性ですとか公平性ですとか正当性ですとか、そういった要素を指導原則の31にしっかりと書いていますので、そういった仕組みづくりをすることで自社からのスタートする人権デューディリジェンスとボトムアップというか現場がかかってくる声、それにも対応していくということ、これいずれの枠組みの中でも両輪で行なっていくことが必要だ思います。

あとはその色んな基準作りをすることも、まさに指導原則がここをある種明らかにしています。ここではまさにスタンダードとすべきは国際人権基準を明確に言っているので、これは各国の国内法との間にギャップがある場合はむしろ国際人権基準、これを遵守することを促していることからも、ある種それも普遍的な価値を通じて実施していくこと、また特に私自身アジアでフィールドが長かったこともあるので、アジアでは非常に影響力のある日本企業に対する期待を非常に強く感じます。もちろんEUなどの取り組み、これも一つ企業と市民社会とマルチステークホルダーの後押しもありますけれども、アジアの中で日本がどんな役割を果たせるのか、アジアの一員として日本が、このサプライチェーンを通じてまさにアジアの民主主義をきちんと高めていくために何ができるのかといった、まさに共同したアプローチ、いずれの枠組みであってもやはり重要な取り組みになるかなと思います。

***

日本の人権デューデリジェンスのあるべき姿について各人の立場からディスカッションを行った。2023年G7にむけてマイルストーン設定しようという政府の動き、国際的基準への日本のイニシアティブは発揮されるのか。次回は、質疑応答。

〈プロフィール〉

菅野志桜里(かんの・しおり)

宮城県仙台市生まれ、武蔵野市で育つ。小6、中1に初代「アニー」を演じる。東京大学法学部卒。元検察官。2009年の総選挙に初当選し、3期10年衆議院議員を務める。待機児童問題や皇位継承問題、検察庁定年延長問題の解決などに取り組む。憲法審査会において憲法改正に向けた論点整理を示すなど積極的に発言(2018年「立憲的改憲」(ちくま新書)を出版)。2019年の香港抗議行動をきっかけに対中政策、人道(人権)外交に注力。初代共同会長として、対中政策に関する国会議員連盟(JPAC)、人権外交を超党派で考える議員連盟の創設に寄与。IPAC(Inter-Parliamentary Alliance on China)初代共同議長。2021年11月、一般社団法人国際人道プラットフォームを立ち上げ代表理事に就任

中谷元(なかたに・げん)

国際人権問題担当総理大臣補佐官。昭和32年10月14日(1957年)高知市に生まれる。土佐中・土佐高を経て、防衛大学校に進学。昭和55年、陸上自衛隊に入隊。レンジャー教官等歴任。昭和59年12月、二等陸尉で退官し、政治家を志す。平成2年2月、第39回総選挙において初当選。以来、連続当選を果たし、10期目

井形彬(いがた・あきら)

多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授・事務局長。専門分野は、経済安全保障、人権外交、インド太平洋における国際政治、日本の外交・安全保障政策。パシフィック・フォーラム(米国シンクタンク)Senior Adjunct Fellow。「対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)」経済安全保障アドバイザー

⻑⾕川知⼦(はせがわ・ともこ)

日本経済団体連合会常務理事。

佐藤暁⼦(さとう・あきこ)

ビジネスと人権市民社会プラットフォーム副代表幹事。弁護士。2006年上智大学法学部国際関係法学科卒業。2009年一橋大学法科大学院