国際人権問題担当総理大臣補佐官 中谷元議員に 訊く〈1〉 人権外交 最前線 ©The Tokyo Post
国際人権問題担当総理大臣補佐官 中谷元議員に 訊く〈1〉 人権外交 最前線 ©The Tokyo Post

人権擁護の盾と矛「人権デュー・ディリジェンス」法制化と「ジェノサイド条約」批准は成されるか

〈第2回〉人権外交最前線/国際人権問題担当総理大臣補佐官・中谷元議員に訊く

2021年12月、内閣初の「国際人権問題担当補佐官」ポストに任命された中谷元議員に菅野志桜里編集長がインタビュー。「ウイグル弾圧」「ウクライナ侵略」「難民受け入れ」など重要なアジェンダとなった人権外交について国家の方針を質す。

中谷元(国際人権問題担当総理大臣補佐官)

菅野志桜里(The Tokyo Post編集長/国際人道プラットフォーム代表理事)

ウクライナでのロシアの市民への残虐行為、中国の新疆ウイグル自治区での民族浄化、「ジェノサイド」認定もありうるほどに深刻な人権弾圧のエビデンスが集まりつつある。しかし、人権侵害を抑制するための国家による人権侵害制裁法や企業による人権デュー・ディリジェンスはいまだ法制化されず、ジェノサイド条約の加盟国でもない日本。対応はどこまで進んでいるのだろうか。

米国「ウイグル強制労働防止法」スタートと日本の人権デュー・ディリジェンス

中谷元議員 ©The Tokyo post
中谷元議員 ©The Tokyo post

菅野6月21日にいよいよアメリカの「ウイグル強制労働防止法」が施行されます。メイドインウイグルの産品は、原則米国への輸入が禁止されるというかなり強い法律。相当日本企業にも影響があると思います。

中谷:まず、米国の「ウイグル強制労働防止法」は間もなく発動されます。この法律は、新疆ウイグル自治区での生産等された産品については、強制労働によるものと推定して、輸入を原則として禁止することを規定したものです。

菅野:ですね。そして、強制労働に関係していないという証拠を出さないと輸入できない。

中谷:これは、日本企業に与える影響も含めて関連の動向を注視しておりまして、その上で必要な情報の収集、それから提供を行うとともに、日本企業の正当な経済活動が確保されるように個別の状況に応じて適切に対応していくため、所管の省庁などが企業に対してはアドバイスをしていると思います。

それから、日本にも同様の法律も必要じゃないかという意見もありますけど、その点についてこれまでの人権外交を踏まえて、全体を見ながら引き続き検討していきます。日本の外交の在り方とか、国際社会の動向とか、二国間の関係とか、実際わが国の様々な影響があることでありますので、個別の状況に応じて国益、また外交面も含めた総合的な判断を適時適切に確保することが不可欠であるです。

菅野:先日ニューヨークに行って、ジェトロの河本健一所長とお話を伺ってきました。今回の「ウイグル強制労働防止法」では、仮に日本産となっていても一部にウイグル産品が組み込まれていれば対象になるので、日本企業も対応に追われているというお話でした。今までウイグル産というと、綿、トマト、太陽光パネルが挙げられていましたが、今後はもっと広く規制が掛かるようになるので、どこに地雷があるんでしょうと相談が相次いでいるそうです。

6月1日付ジェトロの報告書によると、米国の担当局であるCBP(アメリカ合衆国税関・国境警備局)が開催したウェビナーでは、「ほんのちょっとでも組み込まれていたら駄目なんですか」という質問が出て、「割合が少ないことで例外を設ける規定は、今回ありません」と回答があったそうです。「じゃあ、強制労働に関係していない証拠に求められるレベルは?」という質問も当然あって、「非常に高くなる」という回答があったと。

つまり、ほんのわずかでもウイグル産品が組み込まれていれば、強制労働に関係していないという非常に高いレベルの証拠がない限り、アメリカに輸入できない。とすると、6月21日以降、アメリカでは人道的に発売不可である商品が日本では発売できる状況になってしまいますよね。当然、日本が抜け道になっているという指摘が予想される中で、夏に向けたガイドラインが非常に重要になってきます。具体的な進捗状況を教えてください。

中谷:ガイドラインは、わが国として今その整備を進めております。サプライチェーンも含めた人権尊重の取り組みをしっかりしないと多くのリスクに直面するおそれがあるので、それを回避をするために、むしろ企業側からも政府にガイドラインを示してほしいという要望が寄せられております。

このような状況を踏まえて、企業の予見可能性の向上のための国際協調に関する議論を行いながら、政府においてガイドライン策定の作業を進めているところです。

アメリカの「ウイグル強制労働防止法」は一体どのように運用されていくのか。これは日本企業のみならず、アメリカの企業、ヨーロッパの企業も共通の俎上に乗るわけで、アメリカ国内にも自動車メーカーやアパレルメーカーなど新疆ウイグル自治区に工場をもつ企業があって、この法律に対する懸念や心配の声も出ていると聞いています。政府としてもどのような運用がなされていくか、しっかり注視をしていきます。とにかく日本としても、今整備をしております人権デュー・ディリジェンスのガイドラインにのっとって、企業側が説明責任を果たせるようにしておくべきだと思います。

菅野:確かにアメリカ国内でも、この法律について21日にフルでスタートすべきという意見もあれば、段階的に始めさせてくれという声もあって、ちょっとまだ揺れているようですよね。

日本の話でいうと、まだガイドラインの段階なんですけど、法律と違っていわば自律的・自主的に取り組むものなので、必ずしも条件がそろわないですよね。人権に敏感な企業ばかりがコスト高に苦しむことがないように、フェアな競争条件にそろえるためにも法制化が必要だと思うのですが、ここには踏み込まない?

中谷:人権を擁護しなければということで、日本はかなりこの意識が高いと思うんです。基本的には強制労働とか、不法労働とか、もう断じて許さない国内法が整備されて、何か問題があったら報道されるということで、国内の整備が非常にきちんとできていると思うんですね。じゃ、それをサプライチェーン上も含めてどう企業が取り組んでいくか。ガイドラインを設けて、透明性ある説明を求めると。例えば環境問題のように、近年になったら環境を破壊するような行為はやはり許されない。それぞれの企業がエコマークとか、取組みを自ら説明して消費者にアピールしていますけど、人権問題も自ら説明をして、理解をしてもらうことがその企業にとってもメリットがあるということで、いわばSDGsの一環としてこういう人権も国民側から理解してもらうような努力が一番よいのではないかと思いますね。

菅野:企業の自主性を尊重すると。とすると、ガイドラインの先の法制化の議論には後ろ向きということですか?

中谷:そんなことはないです。将来の法律の検討の可能性は、もう2月の時点で萩生田経産省大臣も自ら言及もされました。国際協調に関する議論など国内外の動向を踏まえながら、将来の法律の策定可能性も含めてさらなる政策対応を検討していきます。

菅野:検討には法制化の可能性も含まれる、ということですね。それでは、最後にウイグルの件で1点お伺いします。

「ジェノサイド条約批准を推進しますか?」

菅野志桜里編集長 ©The Tokyo post
菅野志桜里編集長 ©The Tokyo post

菅野志桜里(以下、菅野): ウイグルにおける人権弾圧については、やはりジェノサイドという言葉が切っても切り離せない。アメリカは政府としてジェノサイド認定をしています。最近では、ウクライナにおけるブチャその他キーウの周辺都市での民間人虐殺に関しても、国際世論のなかでジェノサイド疑惑という言葉が使われました。

しかし、日本はそもそもジェノサイド条約を批准していない。岸田政権において批准するつもりがありますか?

中谷元議員(以下、中谷):菅野さんも数々国会の委員会の場でこの話題を取り上げておりますし、私もこのジェノサイドは集団殺害でありますから、国際社会としてもこんな重大な罪を犯した者が処罰されずに済まされることはないと考えております。法務省でもずっと法律の検討は続けられておりますが、まだ結論は出ていないんですね。

現実に抑止をすることでいえば、国際刑事裁判所、ICC、ローマ規程の締約国としての義務を忠実に履行することがまず大事であると。ジェノサイド条約は、批准国に対してその条約にそった国内法の整備義務を課しておりますので、こういった検討については引き続き慎重に検討していく必要があります。それでもなかなか乗り越えられない壁があれば、日本としてどうするかということも含めて検討はしていく必要があると思いますね。

菅野:日本も岸田政権になって中谷議員を補佐官にしたり、ウクライナの件でも検察官を派遣したりと、人権外交という旗印が行動で示されてきていると思います。人権国家としての国際社会の評価も高まっている中で、ぜひ留保も含めたジェノサイド条約の批准を、慎重にというより、前向きに検討すべきかと。

中谷:ただ、日本の戦後の憲法の中の刑法の成り立ちから考えると、教唆とか、非常に法律的に難しい分野に入ると聞いておりますが、こういった点も含めて引き続き検討が必要だと思います。

菅野:きっと政権としては、共犯の定義を広げることについての世論対応に相当懸念があるんだと思います。私も共謀罪の議論のとき野党の先頭に立っていましたので理解はできます。ジェノサイド条約では処罰の対象に含まれる共謀や扇動という行為を、日本の刑法で一部犯罪化することに世論がついてくるか、ということですよね。

中谷:そうです。扇動です。

菅野:ただ今ある犯罪に対して共犯を広げるわけではなく、ジェノサイドという新しい特別の犯罪に限って特別な共犯の形を議論することですよね。留保の検討と並行して、国内で建設的な議論をすれば、落ち着くべきところに落ち着くと思いますね。

中谷:それはもう、世界150カ国が批准している条約ですからね。

推定有罪法であるアメリカの「ウイグル強制労働防止法」を注視しながら、日本の人権デュー・ディリジェンスのガイドラインづくりは進めるという。そして、次なる法制化についても踏み込んだ発言がなされた。一方、菅野編集長が提言する「ジェノサイド条約」の批准までには、いくつかのハードルが存在するようだ。次回は、「避難民受け入れの現状」に迫る。


人権外交最前線/国際人権問題担当総理大臣補佐官・中谷元議員に訊く

〈第1回〉2022年上半期の国際人権問題のトピックスとは? 

〈第2回〉「人権デュー・ディリジェンス」法制化と「ジェノサイド条約」批准は果たされるか? ←今ここ

〈第3回〉ウクライナ、アフガニスタン、ミャンマー難民受け入れの門戸広げる日本 


プロフィール

中谷元(なかたに・げん)

国際人権問題担当総理大臣補佐官。昭和32年10月14日(1957年)高知市に生まれる。土佐中・土佐高を経て、防衛大学校に進学。昭和55年、陸上自衛隊に入隊。レンジャー教官等歴任。昭和59年12月、二等陸尉で退官し、政治家を志す。平成2年2月、第39回総選挙において初当選。以来、連続当選を果たし、10期目