身元を明かさないまま出産できる独自の「内密出産制度」を導入している熊本市の慈恵病院は2022年1月4日、匿名での出産を望む未成年の女性が前年12月に出産したことを明らかにした。
「母親と縁を切られるかもしれない」と訴え
病院は国や市とも対応を協議しているが、日本の法律では規定されていない内密出産の初のケースとなる可能性もある。
報道などによると、女性は西日本に住む10代の女性で、21年11月に「出産を親に知られたくない」とメールで病院に相談があり、その後、何度かメールや電話でやりとりした後、12月に来院した。出産後、女性は相談室長のみに名前などを明かし、身元が分かるものを封筒に入れて病院に預け、赤ちゃんを残して退院したという。
病院の会見によると、女性は「母親に出産が知られると親子の縁を切られる」と非常に心配し、暴力的なパートナーから捨てられたと話していたという。女性は退院前、病院に対し「今までの人生で大人にこんなに優しくしてもらったことはない」とのメッセージを残しており、蓮田健院長は「自己責任だと考える人もいるだろうが、通常とは違う環境で育った女性だということを理解してほしい」と訴えた。
今後も病院は女性と連絡を取り合って今後の対応を話し合うが、女性は赤ちゃんに深い愛情を抱いており、蓮田院長は「(内密出産を)翻意する可能性がある」とした。
生まれた子供の「出自を知る権利」も課題に
内密出産は法律に規定されておらず、当面は生まれた赤ちゃんの戸籍の扱いが問題となる。一般的に、置き去りにされて身元が分からない子供は、市区村長が姓名を決め、戸籍が作られる。慈恵病院は育てられない赤ちゃんを匿名で預けられる「赤ちゃんポスト」を運営しているが、ポストに預けられた子供も、法律に基づいて熊本市長が姓名を決めている。
今回のケースの取り扱いについて、記者会見で尋ねられた古川禎久法相は、直接言及するのを避け、「一般論として、市区町村における調査の結果、両親がともに不明であっても、日本で生まれた子供は国籍法によって、日本国民となり戸籍が作られる」とだけ述べた。
一方、内密出産の制度化については、厚生労働省で検討されているとしながら、「子供の出自を知る権利をどう考えるか、(制度化によって)実の親に養育されない子供が増えるのではないかなどの課題もある」と指摘。そのうえで、「予期せぬ妊娠をした妊婦の孤立を防ぎ、母体と子供の安全を確保する必要があることも大事な視点だ」とした。
また、熊本市もこれまで、内密出産の法制化を国に要請している。しかし、現在の法制度では、病院が母親の身元を伏せて出生届を提出すると公正証書原本不実記載の罪に問われる可能性があるとして、病院に内密出産をしないよう求めてきた。病院では、違法性の点について法務省に確認する方針だ。