9月はじめに発足したイギリスのトラス内閣の顔ぶれが「多様性」の意味について議論を巻き起こしている。
新内閣は、4つの主要閣僚ポストに白人男性を一人も含まないイギリス史上初のものとなった。財務大臣クワシ・クワーテンはガーナ人の両親に育てられた。外務大臣のジェームズ・クレバリーは、シエラレオーネからの移民。内務大臣のスエラ・ブレイバーマンの両親はケニアとモーリシャスからの移民。そしてリズ・トラスはイギリス史上3人目の女性首相である。4人以外にもトラス内閣にはマイノリティや女性が目立つ。
では、この顔ぶれは「多様性に満ちた革新的なもの」として歓迎されたのかというと、そうでもない。
「トラス内閣は多様だが独善的」英ガーディアン紙評
英「ガーディアン」紙は、「トラス内閣は多様だが独善的」と題した論説で、顔ぶれこそ多様に見えるが、内実は自分への忠誠心とイデオロギーの近い人を選んだだけで、思考の幅の狭い独善的で経験の浅い内閣だと断じている。
トラスの旧友であるクワーテンには金融界での多少の経験があるものの、内閣ではビジネス・エネルギー・産業戦略大臣を2年足らず務めただけで、クレバリーは7月に初入閣したばかり。ブレイバーマンは初入閣でいきなり内務大臣の重責に就いた。最たるものは、漫画的な貴族趣味を撒き散らしメディアの関心を集めるだけで政治的実績がほとんどないジェイコブ・リース=モグをビジネス担当にしたことで、こんな人物が大臣としてエネルギー問題、労働者の権利や環境政策を担当するのは残念だとまで書いている。
イギリス社会全体を代表しているか?
「ガーディアン」は同じ日の紙面で、トラス内閣がどの程度イギリス社会全体を代表しているかも分析している。
民族多様性の観点から見ると、トラス内閣23人のうち、黒人、アジア人といった「マイノリティ」に属するのは7人で約30%。イギリス全体で見るとマイノリティの比率は13.7%であることを考えると「多様性」はあると言える。
性別で言うと、女性閣僚は8人で35%。イギリス人口の51%が女性であることを考えると、社会の姿を反映しているとは言い難い。
教育面では、閣僚のうち公立学校出身者はトラス首相を含む6人のみで、閣僚の7割が私立学校で教育を受けている。社会全体で見ると93%が公立の学校で学ぶことを考えると、内閣の私立エリート校出身率は高い。
トラス内閣の多様性は「正しい多様性」ではない?
こうした報道を受けて、多様性が常に議論となるアメリカでも、トラス内閣の構成についての議論が起きた。
米「ニューヨークタイムズ」紙は、「多様性が正しい多様性でないとき」と題するコラムで、なぜトラス内閣の「多様」な顔ぶれが「多様性豊かなもの」として称賛されないのか考えている。
理由のひとつは、内閣の顔ぶれがイートン、ケンブリッジ、ソルボンヌといった世界有数のエリート校出身者で占められていること。労働者階級出身者が少ないこと。移民出身や移民の子であるにもかかわらず、イギリスに亡命を求める人々の権利擁護の立場をとる者ばかりではないこと。
組閣の際、野党労働党の議員がこうツイートした。「トラス内閣は多様かもしれないが、内実は、労働者の権利、とりわけマイノリティ労働者の権利を攻撃する政策を掲げる、記憶にある限り最も右翼的なもの」。別の労働党議員はこう書いた。「黒人やマイノリティの政治家であるだけでは十分ではない。国民を代表するとはそういうことではない。これは名目だけの多様性だ」。
つまるところ、「多様性」とは外見の問題ではなく、人物の中身の問題であること。それを再認識する契機であるとコラムは指摘している。