エネルギーや食料価格の高騰で世界的に物価高の傾向にあるなか、アメリカの7月の消費者物価指数が8.5%上昇し、高いインフレ率は11月の中間選挙にも影響を及ぼすと見られている。そんななか、ニューヨークタイムズの記者が、凄まじいインフレとの戦いを半世紀続けた挙句に、今また新たなインフレの波に襲われるアルゼンチンの暮らしをルポしている。
90%のインフレ率
英BBCニュースによると、7月の時点でアルゼンチンのインフレ率は70%を超え、このまま進むと年末には90%を超えるのではないかと予想されている。20年ぶりの高さだ。インフレを抑えるためにアルゼンチン中央銀行は政策金利を9.5%ポイント上げて、69.5%にした。
南米第2の経済規模を持つアルゼンチン経済の行方は世界にも大きな影響を及ぼすが、このところ経済相が2人相次いで辞任し、セルジオ・マッサ経済相は1ヶ月で3人目の経済相という異例の事態となっている。
どんどん上がる値段に対応できず値札を廃止
インフレ率90%のアルゼンチンで何が起きているのか、ニューヨークタイムズの南アメリカ特派員がブエノスアイレスから報告している。
まず登場するのは、不動産業を営む男性。日常的に何万ドル(数百万円)分の100米ドル札をポケットに入れて持ち歩いている。所有する2つのビルも、すべて100ドル札で現金で支払った。日々下落する通貨ペソを誰も信用していないため、土地、家屋、車、高額な芸術品など、ほとんどの高額取引は現金、しかも米ドルで行われている。
ペソの価値は落ち続けており、1年前に1ドル180ペソだったものが、今ではブラックマーケットで298ペソまで落ち込んだ。給与はペソで支払われるが、日々価値がなくなっていくため、人々はペソを手に入れたら、すぐに使ってしまう。家電などの買い物をペソでするときは、ツケ払いにして、支払いを先送りする。そうすれば、支払い金額が激減するからだ。
通貨の価値が下がると同時に物価が上昇しているので、店頭の商品の値段も変化する。ある金物屋では、2、3日ごとに新しい価格表が問屋から届くので、値札を廃止したという。1年前に120ペソだったハサミが、先月は400ペソになり、今は600ペソだという。
値段が上がっても物が手に入る間はまだマシだが、値上がりを待つ生産者が出荷を控えるために、アルゼンチンでは物不足が起きている。農家が小麦や大豆の値上がりを待って出荷しなかったり、1ヶ月で5割値上がりしたトイレットペーパーが店頭から姿を消しつつあるという。
物々交換に頼る貧困層
ドルに替える資産を持たず、日々の暮らしに困窮する人々は、「物々交換」に頼っている。米ABCニュースによると、人々は街のあちこちにできた「交換マーケット」に行く。ブエノスアイレスから15キロほど離れた町のマーケットでは、午後になると女たちが敷物の上に衣類やおもちゃ、台所用品を並べて、食品と交換できる機会をうかがっている。特に人気があるのが粉ミルクだという。
物々交換マーケットは2001年、アルゼンチン経済が崩壊しかけた時に広がった。その後、経済の持ち直しとともに減っていたが、この数年、激しさを増すインフレの中で復活したという。ある女性は革製のスニーカーを、砂糖一袋、調理油、小麦粉、お茶と交換していた。
マーケットのコーディネーターは言う。「人々はその日の食べ物を求めてここに来る。何かを手に入れたらすぐに食べる」。明日の蓄えはないということだ。激しいインフレの中、アルゼンチンの4700万の人口のうち、およそ40%が貧困レベルの生活を強いられている。