2020年2月一般参賀 画像:shutterstock
2020年2月一般参賀 画像:shutterstock

「憲法の中の天皇」の位置付けは軽いか重いか

憲法改正の予兆高まるなか、「天皇・皇室」の在り方について議論の時がいよいよ近づいている。天皇制は、憲法解釈や人権問題などあらゆるイデオロギーを内包しつつ、繊細にバランスをとりながら継承されている。いま天皇制を議論することは、日本が選択する民主主義の形を確認する作業に近いのかもしれない。そこでThe Tokyo Postは皇室の論壇最前列の高森明勅氏に天皇論寄稿を依頼した。

「憲法の中の天皇」の位置付けは低いという思い込み

日本国憲法をめぐり、いわゆる護憲派と改憲派が長年、対立を続けてきた。しかし、憲法における「天皇の位置付け」への認識については、おおむね共通しているのではないだろうか。

護憲派は、およそ「本来、国民主権と天皇をめぐる制度は相容れないものの、現在の憲法の規定だと天皇の存在意義は極小化されており、その権威も抑えられているので、ギリギリ民主政治と共存できる」とする一方、改憲派の方は、「天皇の存在意義が極小化され、権威も抑えつけられている憲法の規定は、わが国の歴史と伝統に照らして容認できず、天皇を元首化し、権威を高めるために憲法改正が不可欠だ」という主張だ。どちらも今の憲法下の天皇の“位置付け”について、ほぼ見解が一致していると言えるだろう。

だが、果たしてそのように見てよいのか、どうか。

さしあたり、憲法学者からすでに「憲法制定から70年〔以上-引用者〕が経過した現在において、日本国憲法が明治憲法からいかに『断絶』しているかを強調する必要はもはやないように思われる」(西村裕一氏「象徴とは何か――憲法学の観点から」)との指摘があるように、もっぱら旧憲法との対比だけから議論を組み立てるのは控え、現在の憲法そのものに即して、いわば内在的な分析・検討が必要だろう。

たとえば、憲法全体の章立てを見ると、その並び方から興味深い事実が浮かび上がる。

「平和憲法」などと呼ばれることもある現憲法ながら、その具体的な根拠となる条文は9条だ。章としては2章。ところがその前(!)に、天皇をめぐる制度が規定されている。1章、1条から8条まではすべて「天皇」についての規定となっている。

もちろん、この事実だけから、憲法は「戦争放棄」よりも「天皇」を重視している、という結論を短絡的に導くわけにはいかない。しかし少なくとも、憲法が天皇をめぐる制度について、「戦争放棄」に劣らず重視していることは、軽々しく否定できないだろう。

ちなみに、3章以下の配列は次の通り。3章「国民の権利及び義務」→4章「国会」→5章「内閣」→6章「司法」→7章「財政」→8章「地方自治」→9章「改正」10章「最高法規」→11章「補則」。

この並び方からしても、「天皇」は「戦争放棄」とともに、“重い”位置を占めていることが分かるだろう。

「国民の総意」を根拠に持つ唯一の国家機関「天皇」

そもそも、天皇が憲法にとって前提的な価値と言うべき「日本国」および「日本国民統合」の“唯一”の「象徴」と規定されている事実(1条)からしても、予断を排して見直すと、天皇はかなり重大視されていると評価できるのではあるまいか。

憲法に列挙されている13種類の国事行為(4・6・7条)も、国家の存立と運営にとってほぼ不可欠と言うべき重要な事項ばかりであり、ヨーロッパの立憲君主国において「君主」が担っている役割と多く重なる(君塚直隆氏『立憲君主制の現在―日本人は「象徴天皇」を維持できるか』)。

これまで憲法上の天皇の位置付けについては、主に「明治憲法下の神権天皇制から国民主権原理に基づく日本国憲法下の象徴天皇制への転換」(西村氏)という分かりやすい図式によって理解されがちだった。しかし改めて考えてみると、天皇の地位が“ダイレクト”に「主権の存する日本国民の総意に基(もとづ)く」(1条)とされているのは、天皇という地位にこの上なく堅固な制度上の“正統性”を保障するものと言える。何しろ憲法上、天皇以外に直接「国民の総意」を根拠に持つ国家機関は存在しないのだから。

「憲法の尊重擁護義務」の規定(99条)でも天皇が真っ先に挙げられているのは、こうした天皇の地位の重大さに対応している。「憲法の中の天皇」についての認識では、護憲派も改憲派も同じ“落とし穴”にはまっていたようだ。

このように重い役割を担う天皇という地位の「世襲」継承を、憲法は要請している(2条)。ところが、憲法の附属法の一つの皇室典範(※1)が抱える「構造的欠陥」のせいで、その将来が極めて不透明になっている現状がある。この点については改めて書く。


(※1)皇室に関する事項を定めた日本の法律。憲法2条・5条に基づき、皇位継承および摂政の設置、皇族の身分、皇室会議、陵墓などについて定めている。こうしつてんぱん。

高森明勅氏 ©高森明勅
神道学者・皇室研究者。昭和32年、岡山県生まれ。國學院大學文学部卒、同大学院博士課程単位取得。皇位継承儀礼の研究からスタートして、日本史全体に関心を持ち、現代の問題にも発言する。小泉純一郎内閣での「皇室典範に関する有識者会議」のヒアリングに応じる。拓殖大学客員教授など歴任。現在、神道宗教学会理事、國學院大學講師ほか。著書に『「女性天皇」の成立』『天皇「生前退位」の真実』『日本の10大天皇』『私たちが知らなかった天皇と皇室』『上皇陛下からわたしたちへのおことば』など。ホームページ「明快!高森型録」。