バイデン大統領の5月の訪日の影響は大きかった。バイデン大統領の発言によって日本は舵を切り、大きな渦に巻き込まれた形だが、このことに気付いている日本国民はどのくらいいるのだろうか。中露朝の反応を国際政治研究家の視点から論考する。(川上高司/拓殖大学教授)
バイデン大統領の台湾有事“失言”
バイデン大統領の5月の訪日は中国への抑止力強化となった側面、危機を煽るものとなった。日本は民主主義を護る最前線にたつことが改めて実感され、岸田総理は防衛費増額を宣言した。日本はアメリカとともにウクライナ戦争でロシアと間接的に闘い、台湾をめぐりアメリカとともに中国との闘いに備える決意が示された。
そのきっかけは、バイデン大統が日米首脳共同声明後の共同記者会見(5月23日)で、中国が台湾に侵攻すれば台湾防衛のために「軍事的に関与する」と発言したことに始まる。これがアメリカ政府の真意であれば、台湾政策の方向転換の宣言となり、中国に対して明らかな挑戦状を突きつけることになる。そのため、米国外に驚きが広がった[1]。歴代の米政権は、台湾有事の際の対処を明らかにしない「あいまい戦略」 を踏襲してきたがこれを逸脱するものとなるからである。
「中国を挑発するな」ホワイトハウスが火消しするも…
その直後にホワイトハウスはバイデン大統領の発言の火消しを行うべく、ロイド・オースティン国防長官が23日に、「(台湾)政策に変更はない」と釈明し、台湾問題に関する米国の「一つの中国」政策に変更はないと表明した。
しかし、バイデン大統領の発言は大きな波紋を呼び、「中国をいたずらに挑発する」「抑止を強める」と賛否の声が巻き起こった。キャンベル国家安全保障担当調整官は中国の警戒心をあおり「重大な欠点がある」とし、ポンペオ前国務長官は「中国を混乱させれば攻撃を誘発する」とし、政治学者のイアン・ブレマーは「中国は外交姿勢を硬化させるだろう」と発言した[2]。また、日本でも自民党の佐藤正久外交部会長は「米国のこれまでの『あいまい戦略』から一線を越えた発言だ。だが、この地域の安定に資する発言で、大統領の本音が出た」と述べたうえで、「最高の失言をされた」と述べた[3]。
中国とロシアは、戦略爆撃機飛行によって返答
一方、バイデン発言に対する中国側の反応は早かった。中国は、「戦略爆撃機」を日本近海で飛行させた。しかもロシアの爆撃機もこれに呼応した。領空侵犯はなかったものの、中国軍のH6爆撃機はロシア軍のTU95爆撃機とともに日本周辺を共同飛行した。H6とTU95は核搭載可能な戦略爆撃機である。
しかも、中露の戦略爆撃機の日本近辺での示威行動は、クアッド首脳会談が開催されている最中の24日に合わせて行われた。このことは、「中国がウクライナ戦争でロシアと連携する意図がある」ことを国際社会に示したこととなる。そして、その見返りにロシアは台湾有事の際には参戦する構えがあるという意思を示したことになる。
日本は、有事に対し「あらゆる選択肢を排除しない」と宣言
今回のバイデン大統領の訪日は、台湾有事の際に最前線となる日本への梃子入れをし、Quad(クアッド)首脳会合への出席と経済的な「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」[4]の発足で中国を抑止することになった。ところが、バイデン大統領の思わぬ発言で、一気に緊張感を高める結果となってしまった。
「ここまでバイデン氏が発言した以上、中国の武力による台湾統一、尖閣諸島有事に備え、日本自身が外交防衛力をさらに強化する」(佐藤代議士)ことになり、岸田総理は、日米首脳会談で日本の防衛費を増額し「反撃能力を含めあらゆる選択肢を排除しない」と宣言した。日本はすでに「ルビコン川を渡った」のである。
[1] 会見場で発言を聞いていたブリンケン国務長官やサリバン大統領補佐官らにとっても予想外の発言であったという。
[2] 「台湾防衛のため軍事的に関与する意思はあるか」と問われ、「イエス。われわれの責務だ」と明言した。
[3] https://www.sankei.com/article/20220524-SJXHUR3TMVIWJNVBXZQSQS5CY4/
[4] バイデン大統領が、2021年10月に東アジアサミットで提案。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に代わる経済の枠組み。中国の影響力拡大に対抗しアジアでの経済面での協力、ルールの策定が主な目的