画像:shutterstock 2022年3月ロシア軍の攻撃を受けたウクライナのマリウポリ(Vladyslav Babenk撮影)
画像:shutterstock 2022年3月ロシア軍の攻撃を受けたウクライナのマリウポリ(Vladyslav Babenk撮影)

ウクライナ戦争への「出口戦略」を早急に考えるときがきた―ーこれ以上の戦争犠牲者を出さないためにー

ロシア軍によるウクライナのキエフ近郊のブチャとその周辺区域で行われた「ブチャ虐殺」は戦争犯罪の可能性が極めて高く、世界に衝撃をもたらした。ロシアは国連安全保障理事国資格を自ら破棄し、ウクライナ東部へと軍を集結しつつある。今、求められる動きとは何か論考する。(川上高司/拓殖大学教授)

「ブチャ虐殺」によりロシアの国連安全保障理事国資格停止へ

ウクライナの検察当局はロシアの占領地域での「ブチャを含むキエフ近郊の複数の地域で410人の犠牲者が発見された」と4月3日に発表した。これが事実であれば、ロシア軍が2月27日にブチャに侵攻した後、撤退するまでの約1ヶ月間の占領期間中に軍事的に必要性のない民間人の殺戮を行ったこととなる。戦闘ではなく、占領中に非戦闘員が殺戮されているという事実は世界に衝撃を与えている。

ウクライナのゼレンスキー大統領は4月5日に国連安全保障理事会で、「ブチャ虐殺」は「第二次世界大戦以来の最も恐ろしい戦争犯罪」であると非難した。これを受けて、国連総会ではロシアの人権理事会の理事国資格停止の決議を4月7日に賛成多数で決議した。国連の安全保障常任理事国が国連機関の資格停止をされるのは前代未聞のことである。

ロシア軍による非戦闘員である非武装の住民の虐殺は戦時国際法上、明確な戦争犯罪であり、違法な武器の使用にあたることは明白である。さらに、その後もロシア軍が「戦争犯罪を行っている」ことが次々と明らかになるにつれ、人道上、こういったロシア軍の残虐行為を欧米諸国がいかにして一刻も早く止めるかが喫緊の課題となっている。

ロシア軍の戦時国際法違反の事実は、合法的な武力行使を行っているウクライナに、正当に武器供与をできる根拠となった。そのため、欧米諸国はウクライナ軍に対してさらなる最新鋭の武器を提供することになる。しかしながら、このことはさらなる戦争の激化を招くことは明白である。

欧米は、現在の戦闘の即時停止という「出口戦略」ではなく、ウクライナ軍を支援してロシア軍の侵攻を阻ませ戦闘を長期化することにあるようだ。その間、欧米諸国は厳しい経済制裁でロシア経済に打撃を加え、さらに戦闘の長期化は戦費をかさませ、ロシア軍人の犠牲者を増やしロシア国民に厭世気分を蔓延させ、プーチン政権の弱体化を狙っていると考えられる。

ロシアを追い詰めることで分断される世界

しかしながら、欧米がロシアを追い詰めれば追い詰めるほどウクライナ戦線での民間人の犠牲者は増し、化学兵器もしくは戦術核の使用の可能性が高まることになろう。さらに、米国の中国、北朝鮮それにイランといった権威主義国への経済制裁はそれら諸国の結束を強めているのが現状である。

現に、先述したロシアの人権理事会の理事国資格停止の決議の蓋をあけてみると、反対票と棄権は82票であり、これに無投票を併せると100票となり賛成票の93票を上回っている。このことは、世界の半分以上の国家が欧米のやり方に賛成していないということになる。いうまでもなく反対や棄権に回った国々はこれ以上の「紛争」ではなく、「平和」を望んでいることになる。もし、これ以上、欧米の民主主義側と中露の権威主義国側の対立が深化すれば、世界は二分され、冷戦時代に逆行することとなろう。

今回の決議で棄権に回ったメキシコは「資格停止は解決策ではない。戦時中もロシアの指導者と対話を継続すべきだ」とした。また、中国は「分裂を悪化させ、火に油を注ぐだけだ」とし、カンボジアは、「国連機関からの排除は状況を悪化させるだけだ」との見解が相次いだ。今、問題なのはウクライナ戦争からの「出口戦略」であり、第三次世界大戦や、欧米を中心とする民主主義国家連合と中露を中心とする権威主義国家連合の真っ二つに割れた「冷戦の復活」ではないことは明らかであろう。

「出口戦略」をどう見出すかが鍵

この時点での多くの専門家の予測は、プーチン政権はウクライナ戦争で泥沼に脚をとられる形で追い詰められているというものである。ロシアに対する「制裁」を強化すれば、プーチン政権の地盤が弱まり、崩壊するか、もしくは和平交渉がウクライナ側に有利に進展すると分析をする。

ただ、ロシアに対する「制裁」にはまだまだ抜け穴が多く、限界があると考えられる。さらに、戦争が長期化した場合、より多くのウクライナでの民間人の犠牲者がでるばかりか世界経済に大きなダメージを及ぼすであろう。しかも、これまでの経過を見る限り、欧米諸国がロシアに対する「制裁」を科せば科すほど、ウクライナ戦での「戦闘のエスカレーション」、さらには「中国を含むロシア側陣営の強化」といった傾向がみられる。さらに、ロシア国内でのプーチン大統領の人気はむしろ上がっている。

よく言われるように、この戦争は「プーチンの戦争」である。プーチン大統領のウクライナ侵攻への根拠は、「ロシア人とウクライナ人が一つ民族である」(3月3日、国家安全保障会議での発言)というその信念であり、それは宗教的にもしっかりと支えられている。ロシア正教会の最高主導者であるキリルモスクワ総主教は、「ロシア人とウクライナ人は、一つの民族である」(3月9日、モスクワの大聖堂での説教)と全面的支持を宣言しているのである。それはロシア正教に支持された、ロシア帝制時代の国家感によるものであるとも言えよう。

現在、プーチン大統領は特にウクライナの東部地域は「絶対ゆずれない」地域であるという信念を持ち、これに従って、ロシア軍はマリウポリを含む東部2州に戦力を集中、完全制圧を狙っている。一方、欧米からさらなる最新鋭の武器の供与を受けたウクライナ側軍は徹底抗戦を行うであろう。その結果、ロシア軍に包囲された東部エリア内部の民間人の犠牲が拡大しかねない状況だ。戦闘が長期化すればするほど、ロシア軍の化学兵器や戦術核といった大量破壊兵器使用の可能性を各段高めることになる。

そう考えた時、ウクライナ戦争からの「出口戦略」は、ウクライナ軍を支援し徹底抗戦させ、戦争を長期化させプーチン大統領を追い詰めることではない。今、求められるのは、ウクライナ戦争からの早急なる「出口戦略」であり、これ以上の民間人の死者や戦争の拡大は何としても阻止すべきであることは明白である。

画像:shutterstock 2022年3月ロシア軍の攻撃を受けたウクライナのマリウポリ(Vladyslav Babenk撮影)