画像:shutterstock ロシアのモスクワ – 2022年2月22日:ウラジミール・プーチンのニュースです。テレビでのロシア演説の大統領。ロシア・ウクライナ戦争
画像:shutterstock ロシアのモスクワ – 2022年2月22日:ウラジミール・プーチンのニュースです。テレビでのロシア演説の大統領。ロシア・ウクライナ戦争

プーチン・ドクトリンと「歴史の終わり」ー試される民主主義同盟ー

ロシアのウクライナ侵攻から1ヶ月弱が経過したが、ロシアのプーチン大統領の当初のもくろみは達成できていない。ウクライナ国民は断固としてロシアに対し抗戦を続けているし、民主主義国諸国の結束はますます固く、プーチン大統領を締め上げている。(川上高司 拓殖大学教授)

もう少しで、民主主義国が再び勝利することになるかもしれない。

民主主義諸国が「覇権体制」を構築する可能性

第二次世界大戦後は、米ソを中心とする東西の二つの対立するブロックによりヤルタ体制が固定化された。その後、1989年のソ連の崩壊により、欧米諸国はアメリカを中心とする民主主義同盟を目指した。特にヨーロッパでは「一つの自由なヨーロッパ」の形成を目指しNATO(北大西洋条約機構)の東方拡大が続いた。

この時の様子を、日系アメリカ人の国際政治学者のフランシス・フクヤマは『歴史の終わり』という論文において、共産主義体制に対し民主主義体制が勝利をし、世界は「民主主義による平和(パックス・デモクラテイア)」に向かうと宣言した。33年前のことである。しかしその後、中国およびロシアという権威主義国の台頭のために「歴史は終わらない」形勢に傾いていた。

ところが、今回のロシアのウクライナ侵攻はかえって民主主義同盟の結束を固め、その目論見不発に終わるのであれば、1940年代以降、三度目のアメリカを中心とする民主主義諸国が「覇権体制」を構築する可能性が高くなる。

プーチン・ドクトリンで読み解く「プーチンの今後」

一方、プーチン大統領は現在「プーチンの世界」に引きこもり、そこには誰にも立ち入ることができない。いかに、戦況が悪化しても独自の深淵な信念に基づき今後の決定を下すであろう。 

プーチン大統領の論理は、「欧米は30年にわたってロシアの利益を無視してきた」というものであり、特に、旧ロシア圏のウクライナ、ジョージア、モルドバといった特権的勢力圏でのロシアの利益が脅かされているというものである。さらには、2014年の親欧米派勢力によるウクライナでの政変についても「欧米の内政干渉」だとして、「ウクライナ民族の利益を考えていない」と自身の主張を展開している。

これをプーチン大統領は、「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」という論文で自分の考えを明らかにしている(クレムリンHP、2021年7月12日)。そこでプーチンは、ソ連の崩壊により、2,500万人のロシア人がロシアの外側に取り残され、「20世紀における最大の地政学的惨事」と述べる。そのうえで、歴史的にロシア人とウクライナ人は「歴史的に一体だ」と主張し、ウクライナを独立した国家として認めていない。

このプーチン・ドクトリンでは、「ロシアは、中国や北朝鮮などの各国の権威主義政権を擁護し民主主義国家を弱体化させること」が目的とされる。さらに、「ソ連の崩壊という過去の結末を覆し、民主主義同盟を分裂させ、冷戦後に起きた地政学的惨事を解消する」というものである。そのドクトリンに基づき、ロシアの安全保障を守るという大義を掲げ、冷戦後の秩序を書き換えようとしてプーチン大統領はウクライナ侵攻の命を下した。

プーチンはどのように幕を引くのか

しかしながら、ウクライナ侵攻での緒戦での勝利に失敗し、予想外の多大な戦費とロシア軍人の死傷者、それに思いもかけない兵器の損失に直面している。戦闘とウクライナ側との交渉は「コインの裏表」であり、ロシア軍がある程度の戦果を収めれば妥協点もみいだせようが、現在、ロシア軍はウクライナ軍の反撃にあい苦戦している。話し合いは行われたとしても、ロシア側の求める要求をウクライナ側が飲むまで破壊活動は継続されるであろう。

ウクライナ侵攻の失敗の大きさが明らかになる中で、プーチン大統領は窮地に追い込まれている。政権内の各派閥の互い、国民の反戦運動、それにクーデターの可能性もあり、誰をも信用せず、権力を維持するために戦いを継続せねばならなくなるだろう。プーチン大統領にとりウクライナを屈服させ、メンツを失わない形での早期解決をウクライナに求めることが重要となろう。

その場合に考えられるのは、化学兵器や戦術核兵器の使用である。現に、プーチン大統領が3月27日に核戦力を含む核抑止部隊に高度警戒態勢を取るよう命じている。

この点、昨年末にロシアのウクライナ戦に対して創設されたバイデン政権の「タイガー・チーム」は、プーチン大統領がウクライナで大量破壊兵器を使用した場合の対策をすでに立てている。その対応策は極秘とされているが、米国もNATO軍も核による報復はしないと考えられる。戦術核の場合は2キロ四方だけに被害を限定することも可能であり、ロシア軍がウクライナ国内で戦術核を使用する限りはNATOおよびアメリカは「核による報復ではない、報復をする」と言われている。

ロシアの戦術核が使用されたとしたら

しかし、もしロシアの戦術核がウクライナ国内で使用されてしまえば、アメリカやNATOの抑止力が全く効かなかったということになる。その結果、いくつかの影響がでよう。

第一は、限定的な破壊規模の小さい戦術核であっても、「核の使用」の敷居が下がることになる。第二次大戦後、核兵器は使われない兵器として最後の抑止力を担保するためのものとして存在してきた。それが使用されたとなれば、核の領域における考え方が一変される。

第二は、NATOに加盟してない諸国は「見捨てられる」という恐怖からNATOへの加盟の動きが一段と増すかもしれない。ジョージアやモルドバなどのプーチン大統領がロシアの特権勢力圏だと考えている国々がそうである。これらの国々は今回のウクライナ紛争の帰結によっては「第二のウクライナ」になりかねない。さらに、北欧・バルト諸国でNATOに加盟していないスウェーデンとフィンランドからすでに加盟の要望がでてきている。これら諸国はヨーロッパにおいてはロシアとNATO諸国の緩衝地帯として存在しているため、もし、NATO加盟となればロシアとの緊張は一層高まることになろう。

第三は、アメリカの核の傘(抑止力)の信憑性が問われることとなる。今回のロシアのウクライナ侵攻とその成り行きは、そのまま、中国の台湾や尖閣への侵攻の類似系となり、日本や韓国を始めとするアメリカとの同盟国に動揺をもたらすことになるであろう。すなわち、中距離弾道ミサイル数で圧倒的有利に立つ中国が核の抑止も十分にあると誤認し、通常兵力による攻撃をより積極的に台湾や尖閣に対して行使する可能性がたまることになる。特に我が国にとっては、いかに抑止力を担保するのが喫緊の課題となろう。

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