朝鮮民主主義人民共和国第3代最高指導者 金正恩 画像:shutterstock
朝鮮民主主義人民共和国第3代最高指導者 金正恩 画像:shutterstock

データが語る北朝鮮の人権抑圧 日本がとるべき態度とは?〈井形彬×菅野志桜里〉対談

〈後編〉「北朝鮮の人権問題」対談〈井形彬×菅野志桜里〉

ロンドンに本部を置く国際NGO「コリアフューチャー」の調査によって明らかになった北朝鮮国内での人権侵害の一端。団体では、今後3年間調査を続けて、より詳しいデータベースを構築していくという。こうした北朝鮮国内での人権侵害に対し、自由や民主主義を普遍的な価値とする世界各国は、どのように問題を解決できるのか。また、日本はアジアでの民主主義のリーダーとして何ができるのか。国際社会が北朝鮮に圧力をかける方法や、日本がなすべき役割などについて、東京大学先端科学技術研究センターの井形彬特任講師と菅野志桜里が語り合った。

〈前編〉これが北朝鮮の監獄だ 脱北者調査から人権抑圧の実態をデータベース化〈井形彬×菅野志桜里〉対談

東京大学先端科学技術研究センター特任講師 井形彬氏

◆菅野志桜里(The Tokyo Post編集長)

「北朝鮮の人権問題」対談〈井形彬✕菅野志桜里〉©The Tokyo Post

人権侵害に関わった597人の加害者を特定

菅野:   今回のデータベースの特徴は、被害者だけでなく加害者の特定にも挑んでいる点ですね。597人の加害者があげられています。

井形:   はい、そうです。実際には250人にインタビューした中で、看守だとか、直接人権侵害を受けたと名指しされたのは3人しかいないのですが、伝聞のような形でも複数の証言が得られれば、加害者として挙げています。ですから、597人全員の名前まで分かっているわけではありません。

菅野:   337人は少なくとも名前の一部がある程度特定されていて、252人は名前が特定できていない。残りの8人については「MONIKER」とあります。

北朝鮮人権侵害に関わった加害者の特定数 ©Korea Future

井形:   これはあだ名とか、通称ということですね。本名までは分からないけれど、通称「ケビン」と呼ばれていたみたいな。さらに、名前や通称だけでなく、どこの省庁に所属しているのか、どの階級の人間なのかというところまで、かなり特定されています。

菅野:   これにはびっくりしました。メジャージェネラルから、スタッフサージェントみたいなところまで、この資料では15ぐらいのランクに分類されていますよね。

井形:   もし、将来的に国際刑事裁判所などの国際機関に被害を訴えるということになった場合、十分に起訴できて、おそらく有罪にまで持っていけるだろうというところまで証拠を集めているということです。それに加えて、ごく一部の低ランクの人たちだけが勝手にやったという話ではなくて、上層部も関与して組織的に行われているということを証明できるということですね。一部の悪い人たちがやっていることではなく、社会全体として行われていることを証拠として示すことを目的にしています。

菅野:   国家主導の組織的な犯罪性、悪質性をしっかり立証していくということですね。

井形:   まさにそうです。

菅野:   今、欧米など主要な先進国では、人権侵害をした個人や組織を指定して資産凍結やビザ発給制限などの制裁を科す「マグニツキー法」が制定されています。今回団体が公表した資料をみても、データベース構築と利用の先に、マグニツキー法の発動が視野に入っていることが伺えます。あわせて、国際刑事裁判にかけるような可能性も見据えて準備を進めているということでしょうか。

井形:   具体的にどのようなアクションを起こすべきかというところまでは、踏み込んだ議論は行われていません。今はあくまで、こんなことが起こっているんだという証拠を積み重ねている段階です。将来的には、国際刑事裁判所に持っていくというのも一つの方法からもしれないし、アドホックな国際法廷を設置するという方法もある。あとはユニバーサルジュリスディクション(普遍的管轄権)を行使できるかもしれません。しかし、現実的には、この3つで北朝鮮の人権侵害を追及することは難しい状況にある。その中で、マグニツキー法のように、一国の意思だけで発動できるツールを使っていくことが必要なんではないか、という提言がシンポジウムではなされていました。

要は、北朝鮮の国内で人権侵害を行なっている人たちの責任が問われず、国際社会でも裁かれないということになると、誰も説明責任を果たすことなく人権侵害を行っている人が大手を振ってのさばってしまうわけです。これに対して、完璧な手段ではないかもしれないけれど、少なくとも名前が分かっている加害者たちには、マグニツキー法などを使って、シンボリックでもいいから制裁してほしい。制裁をすることによって、少しは責任追及の道を確保しておくべきだということです。

菅野:   イメージとしては、各国がある程度平仄を合わせて、共通のタイミングで共通の人物に対してマグニツキー制裁をかけていき、それが報道されることによって、国際社会が一致して取り組むべき課題となっていくということですね。

井形:   そうなれば、シンボリックな制裁でも十分に意味を持ちますよね。

北朝鮮への圧力として日本が取れる手段とは

菅野:   G7が来年、日本で開かれますが、参加国のなかで唯一、日本ではまだマグニツキー法が制定されていません。アジアでは、どの国もまだ制定していませんよね。

井形:   オーストラリアにはありますけど、アジアではなく、オセアニアですから。韓国にもないですし、ASEAN諸国にもない。東アジア、東南アジアで持っているところはありませんね。

菅野:   日本は、北朝鮮と同じ東アジア地域に位置していて、しかも北朝鮮との間に拉致被害や核ミサイルの問題の包括解決を目指すという、ほかの国とは違う特殊な関係と目標があります。20年前の小泉純一郎元首相の訪朝と一部の被害者の帰国以来、事態に進展がなく、むしろ悪化しているという状況の中で、日本が軍事的な手法以外でできることといえば、規範的なパワーを使って圧力をかけていくという手段が必要なのではないでしょうか。

井形:   マグニツキー法のような経済制裁は、そもそも経済大国でなければ発動に踏み切れないんですね。また、経済的に力のない国ではそもそも効果が薄い。その点、日本は世界第3の経済大国です。軍事力を行使するという手段は、憲法で制約されているわけですから、他国への圧力として経済制裁などの経済ツールを積極的に使っていくというのは、一つの外交方針としてあり得ると思います。

菅野:   経済制裁に加えて、ルール形成という圧力のかけ方があると思うんです。先日、人権ビジネスについて羽生田慶介さんにインタビューしたときに、規範力、ルール形成というパワーがあるはずなのに、日本はそれを使い切れていないという話になったんです。

改めて、経済制裁も必要ですが、基本的人権の擁護という普遍的なルールに基づいて、相手国を追及したり裁いたり、制裁をかけたりできる枠組みをつくる。それを日本がアジアでリードしていくということが大切だと感じました。だから、欧米とともに経済制裁で足並みをそろえましょうと言うだけでなく、日本もせっかく国際刑事裁判所に加盟しているわけですから、そういう司法的な手法も駆使しながら、アジアの問題解決を自ら引き受けていくことも必要ではないかと思います。

井形:   それには完全に同意しますね。

菅野:   普遍的管轄権の議論も世界をリードしているのは、ドイツを中心にしたEUですよね。そういうことをアジアでリードしている国はまだないので、日本がまず動かないと。

井形:   この分野で、日本はあまりというか、全く今まで動いてきませんでしたよね。

菅野:   日本は国際刑事裁判所ローマ規程を締結したにもかかわらず、結局国内法整備も中途半端に終わらせてしまった。そもそも裁判所を通じて国際社会に貢献していくような司法外交みたいな考え方の枠組みが、今までありませんでした。

井形:   なるほど。中国の強制的な経済外交に対して、アメリカやヨーロッパと連携しながら、「それはWTO違反だ」と主張するといったことはあったかもしれない。けれど、経済面からではなく、普遍的価値観とか人権とか民主主義という視点でやってきたかと問われれば、おそらく答えはノーでしょうね。

民主主義や人権を中心に据えた国際的枠組みを

「北朝鮮の人権問題」対談〈井形彬✕菅野志桜里〉©The Tokyo Post
「北朝鮮の人権問題」対談〈井形彬✕菅野志桜里〉©The Tokyo Post

菅野:   ロシアのウクライナ侵攻が始まった後、ブチャでジェノサイド疑惑が持ち上がったときに、日本が国際刑事裁判の現場でどう貢献できるのかを探るために、日本の検察官が3人くらい現地ないしは隣国のポーランドに行ったんです。これは、今までにないちょっと新鮮な話で、これをきっかけに司法外交が動き出すといいなと思ったんですけど。

井形:   探りに行って、その後はどうなんですか。

菅野:   そのフィードバックはまだなんですけど。調べてみたいと思っています。

井形:   探りに行くことは良いことですよね。それは確かに一歩前進ではあるんですが、行くだけで終わらせるのはもったいないですよね。

菅野:   ぜひ、聞いてみたいと思っています。この夏、来年22年のG7に向けてWHOの支部を日本に持ってくるという構想が一部報道されていましたよね。観測記事だったのかもしれませんが、もしそういう動きが本当にあるんだとしたら、WHOだけじゃなくICC(国際刑事裁判所)のような国際組織のブランチを日本に誘致するような動きで、国際貢献の幅を広げ、存在感を示していってほしいと期待しているんです。

井形:   それは面白いですね。今の話を聞いていて、思いついたのが、今できつつある新しい秩序に司法外交を取り入れていくのかはどうか、ということです。具体的に言うと、日本やアメリカ、オーストラリア、インドでさまざまな協力を進めていこうということで、QUADという枠組みができつつありますよね。このQUADで議論されているのは、経済や安保の話ばかりで、外交や普遍的価値観、民主主義だとかという話は全然入っていない。あとは少し違うかもしれませんが、インド太平洋経済枠組み、IPEFとか。

菅野:   IPEFも完全に、エコノミックフォーラムですね。

井形:   そうしたところにも、健全な経済成長のためには共通の価値観が必要だということで、司法の観点からのテーマを入れてみるというのも理論的にはあるのかなと思います。

菅野:   IPEFは、9月に2回目の会合があって、各国間で交渉を始めると報道されていましたが、まさにインド太平洋地域のエコノミックフォーラムなのですから、メニューにも上がっているサプライチェーンの強靱化、健全化に合わせて、日本も人権DDを法制化してくれたらと思っています。ただ、それをやるときに、あるべき経済的体制の姿とか、あるべき民主主義の姿に対する考え方が国によって違うので、そこを分かった上で最低限のルールを守るということで進めないと、「欧米の価値観を押し付けるな」みたいな弁解が一定程度の説得力を持ってしまうところがありますよね。

だから、国際間でルールを決めるときには、戦争犯罪は駄目ですとか、人道に対する罪は駄目ですとか、いわゆる侵略戦争は駄目です、ジェノサイドは駄目です、といった中国もロシアも建前上は絶対に否定できないレベルの原則をベースにする必要があるような気がします。民主主義という価値観が相対的に揺らいでいるなか、ルールそのもののハードルをよりベーシックなところに設定するという試みがあってもいいのかなと。

井形:   それをやるのであれば、IPEFみたいな形で、例えばインド・パシフィック・ヒューマニタリアン・フレームワーク(インド太平洋人道枠組み)などと名付けて、「まあ、議論していきましょうよ」という場をつくっていくことが必要ですね。

菅野:   そうそう。そういうアプローチがあってもいいのかなと、最近思っているんです。それを日本も提唱をしていこうということになれば、最低限のツールとして日本版マグニツキー法が必要になるでしょうし、普遍的管轄権の研究もしなければならなくなるだろうと思っています。

井形:   アイデアとしては面白いですけど、そこまで持っていくための労力というのがなかなか大変でしょうね。

人権問題の解決に日本は何ができるのか

菅野:   北朝鮮の人権問題に話を戻すと、今回のNGOもロンドンに本部があって、世界の人権問題を常に研究、分析している組織や機関は欧米に偏りがちですよね。アジアの人権問題は極めて深刻な状況にあるのに、それをアジアの立場から分析するエンジンがないというところに課題を感じます。

井形:   エンジンがない理由は、やはり資金なんですよ。欧米には「人権は守られるべき普遍的な価値だから、もっと積極的に取り組んでほしい」「人権を守るために寄付します」という財団が多いので、どうしても組織の拠点が欧米になってしまうんです。日本でも、例えば、さきほど菅野さんが言われたようなことをやりたいと言ったときに、「それは素晴らしいことだから、何億円寄付します」という企業が何十社も出てくれば、状況は変わります。しかし、残念ながら現状はそうではないということですね。

菅野:   資金が集まるからできるのか、活動が素晴らしいから資金が集まるのか、これはニワトリと卵のような問題なのかもしれませんが、それにしても、北朝鮮の人権問題という今は出口が見えない問題に対して、4年間のプロジェクトを組んで、そこに資金が集まってくるというのは、やはりすごいことですよね。

井形:   アメリカには全米民主主義基金(National Endowment for Democracy, NED)というものがあって、他国の民主主義を支援するための活動を支援しているんです。出資者は主に米国議会なのですが、人権や民主主義、人道的活動などに関わる取り組みであれば、資金の使い道に対して、あれこれ注文はつかない。

企業であれ、財団であれ、政府系の基金であれ、定期的に資金が入ってくると、NGOの活動にも継続性が生まれますし、人材の育成もできるようになります。そういう体制が日本にもあるといいですね。例えば、日本版NEDの創設などがされると、日本でも人権、自由、民主主義といった価値観に関する草の根の活動の活性化に貢献できると思います。

菅野:   金は出すが口は出さないというね。日本の社会の一部には「俺たちの税金を使うなら、すべて納得のいく使い方をしてくれ」という声が根強いですよね。そうしたことにお金を出して、自由に使っていいよというやり方が、国民の理解を得られるのか、といったところが課題になるような気がしますね。

井形:   こういうお金の使い方は、経済政策と違って、直接的に経済が潤うとか、目に見える効果が現れるというものではありませんからね。だから、一部の人から見ると、「金にならない」イコール「無駄」ということになるんでしょう。

もし、日本でもアメリカのような民主主義のための基金を作ろうとすれば、例えば「憲法前文を読んでみましょう」といったことになるのでしょうか。憲法前文には「われらは全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和の内に生存する権利を有することを確認する」という普遍的な価値観がうたわれている。そうした理念を実現するためにお金を使うんですとか。そうしたロジックは成り立つかもしれませんね。

菅野:   成り立ちますかね。

井形:   厳しいですか。

菅野:   分からない。私の心の中に、憲法が必ずしも説得のツールになりえない状況に失望している部分がありますから。でも、それは本来、最も説得力があるべきロジックですよね、本当にそう思います。

井形:   憲法が説得のツールとはならないとしても、「あらゆる人が最低限の衣食住を保障され、人生を謳歌する機会を与えられること」に反対する人は少ないのではないでしょうか。どこまでやるかは国・社会・人によって違いますが、世界第三位の経済大国としてこういった価値観の面でも、今までよりも大きな役割を果たす方向で動いて行って欲しいと強く思います。

PROFILE

井形彬(いがた・あきら)


東京大学先端科学技術研究センター特任講師。専門分野は、経済安全保障、人権外交、インド太平洋における国際政治、日本の外交・安全保障政策。パシフィック・フォーラム(米国シンクタンク)Senior Adjunct Fellow。「対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)」経済安全保障アドバイザー

宮城県仙台市生まれ、武蔵野市で育つ。小6、中1に初代「アニー」を演じる。東京大学法学部卒。元検察官。2009年の総選挙に初当選し、3期10年衆議院議員を務める。待機児童問題や皇位継承問題、検察庁定年延長問題の解決などに取り組む。憲法審査会において憲法改正に向けた論点整理を示すなど積極的に発言(2018年「立憲的改憲」(ちくま新書)を出版)。2019年の香港抗議行動をきっかけに対中政策、人道(人権)外交に注力。初代共同会長として、対中政策に関する国会議員連盟(JPAC)、人権外交を超党派で考える議員連盟の創設に寄与。IPAC(Inter-Parliamentary Alliance on China)初代共同議長。2021年11月、一般社団法人国際人道プラットフォームを立ち上げ代表理事に就任。