ウクライナ軍人の父と息子のハグ 画像:shutterstock
ウクライナ軍人の父と息子のハグ 画像:shutterstock

ウクライナの「男性出国禁止」で閉じ込められた男性たちはいま

ロシアの侵攻を受けての戒厳令下で、ウクライナが18歳から60歳までの男性の出国を禁止しているのは人権侵害ではないのかという議論が高まりつつある。

ウクライナのサイト「Visit Ukraine」によると、戒厳令下での18歳から60歳の男性の出国禁止にはいくつかの例外がある。軍の要請によるものの他には、18歳未満の子供3人以上を養育している。18歳未満の子供を育てる1人親である。障害のある家族など誰かの介護をしていて代わりの人がいない。海外に永住していて適切な文書で裏付けられている……など11の条項があるが、すべて「証明する文書があること」が義務づけられており、出入国管理事務所での事実確認が求められる。

ウクライナに閉じ込められた男性たち

ドイツの国際放送DWの記事は、10年以上アメリカに暮らし、アメリカ人の家族もいる男性が開戦時にたまたま親の葬儀のため「帰国」したままアメリカに戻れなくなっている状況を伝えている。

他にも、休暇で帰省していたチェコの病院で救命士として働く男性や、アラブ首長国連邦の美術館職員、ドイツの研究機関で働く科学者、ウクライナ軍に志願してポーランドから一時帰国したものの義務期間を終えてもポーランドに戻れない男性など枚挙に暇がない。

リモートワークを許された者、無給の休暇扱いになっている者など状況は様々だが、多くが家族から長期にわたって引き離され、仕事などの生活基盤もなく、精神的にも経済的にも行き詰まりを感じている。ある男性はラトビアにあるドイツの会社の工場で働いていたが、仕事を失う不安から鬱病になったという。

英『ガーディアン』によると、足止めされた「ウクライナ人」の中には、ベラルーシ生まれでドイツで働いていた男性が、仕事を求めてウクライナ国籍を得ていたケースもあった。彼はポーランドの在留許可を持っているという。

冒頭のアメリカに戻れなくなった男性は「予期せずウクライナに閉じ込められた海外在住男性」のためのチャットを立ち上げたところ、130人が参加して情報交換しているという。

手続きの困難さやバッシングに苦しむ出国希望者

公式には、出国禁止はウクライナに居住していない男性には適用されない。しかし、海外の在留書類だけでは証明にならない。国境警備隊は、パスポートにウクライナ政府が押した海外居住証明のスタンプが必要だと言い、これは戦争前に義務ではなかった。戦争の混乱のなか、今となってはスタンプを手に入れるのは至難の業だ。まず、州の移民局から許可をもらい、地元の軍事務所から除籍してもらう。この手続きは戦争前でも3ヶ月かかるものだった。ロシアの侵攻後、とりわけ東部と南東部では役所そのものが破壊されたり閉鎖されており、ウクライナ支配地域でも多くの公的機関が閉まっているか、基本台帳などのデータベースへのアクセスができず、スタンプをもらうことはできない。

ウクライナを出たいと希望する男性に「恥を知れ」「愛国心が足りない」といった非難の声が浴びせられることも彼らをさらなる苦境に追い込んでいる。だが、ある男性は収入の一部を国に寄付していると語りながら「国のために犠牲にしても良いと思うものと、そうではないものがある」と主張する。

国連難民高等弁務官事務所のマシュー・ソルトマーシュ報道官は、事態は厳しく、国家防衛の必要性があることはもちろん理解できるとしながらも、「国外に出たい人々や、安全と保護を必要とする人々に対する人道的でやさしいアプローチ」も求めたいと英『ガーディアン』に語っている。

性的マイノリティや「良心的兵役拒否」も

米『ロサンゼルスタイムス』によると、キーウ在住の31歳のシンガー「Zi」はトランスジェンダーで、パスポートに「男」と書かれているために出国することができない。トランスジェンダーでいることはウクライナでも楽ではないが、Ziによれば、もしもロシアに占領されたら事態はもっと酷いことになる。プーチン大統領はロシアの「伝統的文化」を守るためと称して、LGBTQコミュニティを弾圧しているからだ。2013年に成立した法律では同性愛者の権利を主張することは「違法」とされている。プーチンは性の揺らぎは「人道に対する罪」だと言い、同性愛と小児性愛を同一視している。

ウクライナ政府は戒厳令は出国禁止を定めているだけで、すべての男性に前線で武器をもって戦うことを義務化しているわけではないが、心理的圧力が常にかかるなか、戦いたくないと思う男性も存在する。https://theconversation.com/why-banning-men-from-leaving-ukraine-violates-their-human-rights-178411

「市民的及び政治的権利に関する国際規約」は「すべての者は、思想、良心及び宗教の自由についての権利を有する」と規定しており、国連人権委員会は良心に基づいて兵役を拒否する「良心的拒否」を権利として認めている。

男性の出国禁止問題は、人権保護を約束する民主主義国家だからこそ議論できる。戦争下における人権の在り方が問われている。