画像:shutterstock
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まさに戦禍…ウクライナの「代理母」と欧米の「親候補」たちの悲劇と混乱

連日の戦争報道で傷ついた女性や子供の映像が流されるなか、あまり語られることのないもうひとつの危機がウクライナで進行している。年間2,000人の赤ちゃんを「輸出」していたウクライナの「代理母」産業の混乱と、それがウクライナ人家族にもたらす悲劇である。

シェルターで出産する代理母も…

ドイツメディア『DW』の3月29日公開の記事によると、ロシアがウクライナに侵攻する直前、ウクライナ最大の代理母会社バイオテックス・コムは、「開戦に備えて、代理母たちを安全に保護するシェルターを用意した」ことを見せるビデオを公表した。その目的は欧米で赤ん坊を待つ「親候補」たちを安心させるためだった。

だが、3月初めにここで出産した代理母のひとりによると、暗く、冷たいシェルターの中で、水も食べ物も医薬品も十分でないなか出産を行い、数日がたってからようやくシェルターにやってきた会社の人間は、赤ん坊だけを引き取ると、水も食料も置かずに立ち去ったという。

年間2,000人を生み出していた代理母産業

代理母を合法とするウクライナでは、欧米の「親候補」と契約を結んだ代理母から年間2,000人の新生児が生まれていた。ウクライナでは、代理母が産んだ子供をその女性の子とせず、契約した「親候補」の子として最初から登録できるため、速やかにパスポートを作って実子として国外に連れ出せることから、代理母を求める海外の人たちの間で人気の国だったという。

契約者は3万ユーロから4万ユーロ(500万円前後)を支払い、ウクライナ人代理母は15,000ユーロから2万ユーロ(200万円前後)を報酬として受け取っていた。これはウクライナの平均年収の数倍以上だという。

しかし、ウクライナ各地がロシア軍の攻撃を受けるなか、代理母たちは自らとお腹の中の他人の子供の安全のため、自らの意思よりも代理母会社の意向によって、家族のいる地元から引き離され、身重の体をあちこち移動しなければならない状況に追い込まれている。

南東部から首都キーウへ、さらに西のリビウへ

ニューヨーク・タイムズマガジン』によると、ウクライナ人代理母を斡旋するアメリカの「Delivering Dreams International Surrogacy Agency(夢を届ける国際代理母エージェンシー」の代表は、ロシアがウクライナ周辺に兵力を集めて緊張が高まるなか、「代理母たちを安全な場所へ」という「親候補」らの要請を受け、開戦一週間前の2月始め、いったん首都キーウに集めていた出産間近の代理母を、さらにポーランド国境に近い西部リビウへと移動させた。電車で8時間の移動は妊婦には大きな負担だったという。

その中の1人は双子を妊娠中で、通常18,000ドル(約230万円)の報酬が支払われるところ、双子ボーナスとして数千ドルが上乗せされる。記事によれば、ウクライナの教師の平均年収は4,500ドル(約58万円)。この女性は家を建てるために代理母になることを引き受けたという。

代理母は倫理的、法的問題を孕み、人身売買に繋がりかねないため、かつて代理母が23億ドルビジネスだったインドをはじめ、カンボジアやタイ、ネパールなどでも次々と規制された。イギリスやオランダでは血縁間でのみ代理母が許され、アメリカではイリノイ州やカリフォルニア州で代理母契約が認められる一方で、ミシガン州では代理母に報酬を払うことが犯罪になるなど州ごとに判断が違う。こうしたなか、ウクライナ、ロシア、ジョージアを含むひと握りの国が国境を超えての代理母斡旋を合法としている。

安全を取るか、法的手続きを優先するか

新生児を速やかに実子として受け取ることが容易なことがウクライナの代理母の「メリット」だっただけに、安全のために妊婦を隣国ポーランドやモルドバに移すことが今や大きなジレンマを生んでいる。

イギリス『BBCによると、あるイギリス人夫妻は第2子にあたる自分たちの子を妊娠しているウクライナ女性のためにバスを手配し、他の2人の代理母と彼らの子供あわせて10人を乗せてモルドバまで移送した。この代理母は夫をウクライナに残し、実母はドイツに逃れて、家族がバラバラな状態になっている。

当面、代理母の安全は確保されたが、どこで出産をするのかという大きな問題が残されている。モルドバでは代理母出産が認められていないため、そこで出産すれば赤ん坊は代理母の子として登録され、そこから養子縁組をするには何年もかかる。そのため、出産のために再度国境を超えて、いったんウクライナに戻ることが検討されているが、それでは母子の安全が確保されない。

これらに加えて、キーウの地下保護施設には今も数百人の代理母がおり、戦争のために「親候補」が引き取りに来ることのできない新生児が既に40人以上。このままでいけば、早晩、100人以上の赤ん坊が地下シェルターで引き取りを待つことになるという。