ロシアによるウクライナ侵略で、ロシア軍が首都キーウ周辺から撤退したのを受け、ゼレンスキー大統領は2022年4月4日、多数のウクライナ市民の遺体が発見されたキーウ近郊のブチャを視察した。ゼレンスキー大統領は、ロシア軍によるジェノサイド(集団殺害)と認定するよう国際社会に訴えた。専門家からはジェノサイド認定の難しさも指摘されている。
無抵抗の市民の殺害や拷問も
ブチャでは、両手を縛られて頭を撃たれたり、拷問されたりしたと見られる遺体が多数放置され、中には女性や子供の遺体もあったという。
AFP時事の報道によると、防弾チョッキを着用したゼレンスキー大統領は、軍関係者と共に現地を訪れ、「これらの行為は戦争犯罪であり、世界によってジェノサイドと認定されるだろう」と報道陣に語った。
また、BBC放送日本語ウエブ版(4月4日付)によると、ウクライナ検察庁は3日、ブチャなど近郊の町で410人の遺体を発見したと発表。検察庁は遺体の状況などを捜査し「ロシアの侵攻の証拠を収集、保存する」としている。
ロシア軍による民間人殺害には欧米諸国も非難を強めている。5日付産経新聞ウエブ版によると、米国のバイデン大統領は4日、ロシアのプーチン大統領を戦争犯罪法廷にかけるべきだとの考えを示した。EU(欧州連合)のミシェル大統領も対露追加制裁を実施する構えを見せ、英国のジョンソン首相やフランスのマクロン大統領、ドイツのショルツ首相もロシアを非難した。
容易ではないジェノサイドでの裁き
1948年に国連総会で採択された「ジェノサイド罪の防止と処罰に関する条約」(ジェノサイド条約)では、ジェノサイドについて「国民的、民族的、人種的または宗教的な集団の全部または一部を集団それ自体として破壊する意図をもって行われる行為」と定義。
①集団の構成員を殺す
②集団の構成員に重大な肉体的または精神的な危害を加える
③全部または一部の身体的破壊をもたらすよう企てられた生活条件を故意に集団に課す
④集団内の出生を妨げることを意図する措置を課す
⑤集団の子供を他の集団に強制的に移す
-の5つの行為を具体的に挙げている。
今回のロシア軍の行為がジェノサイドと認定されれば、国際刑事裁判所(ICC)と国際司法裁判所(ICJ)が責任者を裁くことになるが、それは容易なことではない。
3月15日付BBC日本語ウエブ版によると、ICJがロシアの法的責任を認めても、その判決内容の執行は国連安全保障理事会に委ねられる。安保理常任理事国のロシアは制裁案に拒否権を発動できるため、判決は実効性を伴わない。
また、ICCは、ICJが管轄する国家同士の紛争とは別に、戦争犯罪を行った個人を捜査・起訴できる。ただ、ICCは独自の警察機関を持たないため、容疑者の逮捕は各国に委ねられている。しかし、ロシアは2016年にICC締約国から脱退しており、米国もICCには参加していない。このため、容疑者を逮捕して出廷させることも難しい。
そもそも、安保理常任理事国で大国のロシアの行為を、ジェノサイドと認定すること自体が難しいとの意見もある。
同志社大大学院の三牧聖子准教授は4月5日、Yahoo!ニュースに投稿し「ジェノサイドの定義は厳格で、歴史上ジェノサイドと認定されたケースは少ない。特に意図の証明が困難だ」と指摘。一方で「今のロシアで『ジェノサイド』に連なる思想が表にでてきていることは確かだ」と懸念を示した。
ロシア国内では「政治指導者のみならず、武器を取ったすべてのウクライナ人は排除されねばならない」といった報道がされているといい、「『ジェノサイド』かどうかと別に、ロシアの領土的野心と虐殺傾向はもはや明らかだ。ウクライナの人々の命をどう守るか。世界が問われている」と訴えた。
画像:shutterstock (血の手形がつけられたプーチンの顔ポスター2022年2月25日サンフランシスコ反戦ウクライナ支援デモ)