イーロン・マスク 画像:shutterstock
イーロン・マスク 画像:shutterstock

イーロン・マスクの「スターリンク」がウクライナ軍を勝利へ導く―宇宙を制する者が地球を制す

ロシアによるウクライナ侵攻開始から3カ月以上が経過した。圧倒的な軍事力の差がありながらウクライナ軍がロシア軍を押し戻している背景には、最新テクノロジーの力がある。イーロン・マスクがウクライナに提供した衛星「スターリンク」が戦争のルールを変えたのだ。(川上高司/拓殖大学教授)

ロシア軍の動きは宇宙から丸見え

ロシアによるウクライナ侵攻開始から3カ月以上が経過した。ロシア軍は苦戦しながらも連日ウクライナ東部を中心に攻撃を続けている。しかしながら、その被害は甚大であり、ロシア軍の戦死者が約1万5,000人、戦車など装甲車両も2,000台超が破壊、ヘリや戦闘機は60機を超える損失がでているとされている[1]

その予想外の損失は、ロシア軍が宇宙空間での優位性を確保できないところにある。ウクライナでの戦争は、ウクライナという国で行われているアメリカとロシアの代理戦争であり、その「戦い方」は従来の戦い方とはまったく異なる。戦争で「情報」の価値は極めて高く、特に宇宙を使った闘いが戦争を左右する。

ロシア軍の動きは宇宙から丸見えであり、ウクライナ軍は米国の支援でロシア軍の戦車隊の正確な位置情報等を逐次把握できている[2]。例えば4月上旬にはポーランドが保有する旧ソ連製戦車などが、ウクライナに向け車両で運搬される画像がSNSで出回った。

人工衛星の通信網「スターリンク」が戦い方を変更した

今回の戦争でウクライナ軍がロシア軍の位置を正確に把握し、携行ミサイルのジャベリンやドローン攻撃でロシア軍の戦車など破壊しまくっているが、その戦況を有利にしているのがイーロン・マスクの「スペースX社」の人工衛星の通信網「スターリンク」によるところが大きい。

ウクライナ戦争の開戦前から通信網は真っ先に狙われるため、それを見越してウクライナのミハイロ・フョードロフ副首相兼デジタル転換相が「スペースX社」の創業者のイーロン・マスクに支援を要請した。イーロン・マスクは直ちに通信網を確保する支援を承諾し、「スターリンク」を利用するのに必要な衛星通信専用の地上端末も含め間髪を入れずに提供した[3]

「スターリンク」は高度数百~千数百kmの地球低軌道に多数の通信衛星を打ち上げ、地球上のどこでもブロードバンドのインターネットアクセスを提供するサービスである。英国のザ・タイムズの情報によると、ウクライナ軍はロシア軍へのドローン攻撃にスターリンクを積極的に活用し、ドローンチームと砲兵チームを連結し、対戦車兵器の発射精度を高めている[4]。4月14日にロシア海軍の黒海艦隊旗艦モスクワ号を沈没させた際も「スターリンク」が活用された[5]。さらに、ウクライナの戦場からの連日、世界中に配信されている映像も「スターリンク」が利用されている。

通信では従来、高度36,000kmの静止衛星を使うが、静止衛星は地表から遠く双方向通信で高速ネット接続を行うためには強力な送信出力と、高感度の受信能力が必要となる。しかも地上局と衛星の両方に大型のアンテナと高出力送受信機が必須となる

一方、スターリンクでは高度559kmの低軌道衛星を使うため、地上の端末と衛星との距離がはるかに近く、静止衛星と比べて約1/63〜1/66となり、高速大容量のデータ通信が可能となる。このようにスターリンク衛星は対地通信能力および衛星間通信能力が非常に優れている。

「コンスタレ―ション」システムが戦闘様式をアップデート

しかしながら、スターリンク衛星1機でカバーできるのは数100kmほどであるため、大量(数千機以上)の衛星を飛ばす「コンステレーション」を使う。「コンステレーション」のシステムでは「データのリレー」が行われる。そのため、地上端末の通信とつながる衛星を暫時切り替える。エンドユーザーの専用地上端末と衛星が通信し、さらにスターリンクの衛星が相互通信し中継を行う。そして、世界各地に設けられるグラウンドステーションから既存のネットにつながる。つまり、無線通信で構成されたインターネットの基幹回線が地球全体を覆うことになるのである[6]

そのため「スペースX社」では、安定した回線品質のブロードバンドサービスを提供するため自社ロケットで非常に小さい衛星をロケットに一度に最大60機の小型衛星を搭載して打ち上げている[7]。スターリンク衛星の打ち上げペースは2022年5月時点で2,500機を超え、今後は4万機という数の衛星を打ち上げる予定とされている。

アメリカの国防総省もミサイル監視や情報収集のために「コンスタレーション」のシステムを構築すべく取り組み始めた。日本でも防衛省が、極超音速滑空兵器の探知・追尾などの研究開発を進めるために、日米共同で宇宙に小型衛星の群れを配備しようという構想を持っている。

ウクライナで始まった戦争への民間企業の参入は、全く新しいトレンドであり、今後の戦闘様式をますます変化させることになるであろう。


参考

[1] 英政府の4月25日の発表(https://www.yomiuri.co.jp/world/20220426-OYT1T50088/

[2] https://news.yahoo.co.jp/articles/3901c6d6335392886143939eb40c8d815c3d7ed2

[3] その後、スターリンクの端末を米政府も資金援助し官民連携でウクライナ軍を支援した(https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02040/00001/

[4] https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2022/03/post-98412.php

[5] https://pankori.net/archives/20857

[6] https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02040/00002/?P=2

[7] https://www.watch.impress.co.jp/docs/topic/1409405.html