画像:shutterstock ウクライナのリビブ – 2022年3月6日:ポーランドへの列車を待っているLvivの鉄道駅の近くに難民。
画像:shutterstock ウクライナのリビブ – 2022年3月6日:ポーランドへの列車を待っているLvivの鉄道駅の近くに難民。

紛争影響地域でのビジネスで企業の人権侵害リスクを回避するには

ロシアによるウクライナへの侵攻を受け、今、改めて平和の意義、それに取り組む一人ひとりの責任が問われている。ミャンマーでも同様に、紛争影響地域における事業活動と人権との関わりが課題となっている。2011年に国連人権理事会で承認された『ビジネスと人権に関する指導原則』は、平時の状態での人権デューディリジェンスに加えて、紛争影響地域においては、「強化した」人権デューディリジェンスを実施することを求めている。つまり、指導原則は、明確にこのような状況において企業がすべきことについて重要な示唆を与えている。

紛争下、事業活動が人権リスク侵害行為に加担する可能性が増大

現在のロシアの侵攻行為は疑いなく、国連憲章違反であるが、当然、企業も武力紛争下において、国際人権・人道法を遵守することは最低限求められる。しかしそれに加えて、事業活動が武力紛争の資金源になりうる、あるいは意図せずとも人権侵害行為に加担する可能性もあることから、企業はより一層慎重に人権リスクを検討する必要がある。なぜならば、このような状況下では、生命、身体といった回復が困難な人権が侵害される可能性が高く、当然に、深刻度も高くなるからである。

では企業はどのような状況でこの強化された人権デューディリジェンスを行うべきなのだろうか。ミャンマーのクーデタや、ロシアのウクライナ侵攻といった侵略行為が顕在化すれば当然である。しかし、果たしてその最悪の事態になるまで企業は人権リスクを探知することができないのだろうか。

この点も、ビジネスと人権に関するワーキンググループが公表している報告書で触れられている。人権デューディリジェンスを強化すべき状況として、例えば以下が挙げられている。

  • 武力紛争やその他の不安定な状態:政治的脆弱さ、民族主義的・武装的・急進的な反対運動の高まりなどによる政治的変動、深刻な貧困や大量の失業、深刻な不平等などによる経済的・社会的問題の変動など
  • 国の構造の弱さ・不在:独立した公正な司法機関の欠如、治安部隊の効果的な文民統制の欠如、高レベルの汚職などの要因の深刻さ

 新興国では、国のガバナンスが脆弱であることも多く、加えて歴史的な経緯から不安定な状態とする要素が存在しうる。こういったシグナルを探知し、事業活動に際して人権リスクを確認することが企業の責任である。

紛争下で企業が陥りがちな「中立」を回避し、人権DDを実施

紛争影響下において、時に企業は「中立」であろうとする。しかし、紛争地域に限らず、企業が中立であることはその存在と社会との関係性からしてあり得ない。つまり、その存在自体が社会に対して、そしてそこに関わるステークホルダーに様々な影響を与えることに自覚的になることが重要である。事業活動が、結果的に紛争のダイナミクスにも影響を与えることが指摘されている。

具体的には、上記の報告書では、以下のアクションを含む「紛争に配慮したレンズ」を通した人権デューディリジェンスの必要性が強調されている。

  1. 紛争に影響を与える国や地域の特性、紛争の原因となる現実の不満や認識されている不満など、緊張の根本原因や潜在的な引き金を特定する
  2. 紛争の主な関係者と、その動機、能力、暴力が振るわれる機会をマッピングする
  3. 企業の事業、製品、サービスが、既存の社会的緊張や様々なグループ間の関係に影響を与えたり、新たな緊張や対立を生み出す方法を特定し、予測する

さらに、ここでも平時と同様に、あるいはより一層ステークホルダーエンゲージメントを実施することが重要となる。紛争と自社の事業活動によって影響を受ける当事者との対話を通じた意思決定が必要となる。現に紛争下にある時に、当事者の安全を確保しつつ対話を行うことが難しいとしても、当事者を支援するNGOや国際機関など、可能なリソースを活用することが望ましい。一社での対応が難しい場合には、他の企業やNGO、国連との協力を検討することも推奨される。特に、紛争のダイナミクスを分析するには多角的な視点が必要となり、協力することによって実効性も高まる。また、紛争による影響も、脆弱性が高い人々により深刻に現れ、特にジェンダーの視点は重要である。

自社の事業活動に人権リスクとの関連があった場合の対処方法

では、企業は人権デューディリジェンスの結果、自社の事業活動と人権リスクとの関係性が特定された場合、どのような行動をとるべきであろうか。最終的には、取引の停止、その事業からの撤退といった選択肢を検討する場面がありうる。ただし、そこでも「責任ある撤退」であることが必要である。すなわち、撤退による人権リスクを特定し、その予防、軽減措置をとる。雇用の喪失が懸念されることが多いが、例えば能力開発を行うといったことが提案されている。

以上のように、既に議論のために必要な視点や情報は様々出されている。したがって、これらの提言を踏まえ、(策定していれば)自社の人権方針にしたがって早急に人権リスクを特定し、経営に反映することが喫緊の課題である。

そして企業の努力のみならず、指導原則7が国家に対して、特に紛争影響下における企業の取り組みに対する支援を義務付けていることから、日本政府も上記の国際人権の議論を踏まえた施策を導入すべきである。先日、萩生田経産大臣より人権デューディリジェンスに関するガイドラインの策定が発表され、国内外で大きな反響を呼んでいる。筆者もビジネスと人権市民社会プラットフォーム副代表幹事として委員を拝命した。

今、このタイミングで新たなガイドラインを政府として発表するのであれば、紛争影響地域における人権リスクについて企業の取り組みを後押しする内容も含まれるべきであり、それは指導原則を実施する国家の義務である。

佐藤 暁子

在オランダ・ハーグのInternational Institute of Social Studies開発学修士課程(人権専攻)終了。2012年弁護士登録。現在は、民事事件に加え、特にサプライチェーン・マネジメントやESG投資対策といった視点を含む、「責任あるビジネス」に関するコンサルティング、東南アジアなどの現地でのステークホルダー・エンゲージメントのコーディネーターといった活動に携わる。官民、国際機関、そしてNGO/NPO等のソーシャルセクターといった多様なアクターと連携しつつ、SDGs/持続可能な開発目標や「国連ビジネスと人権に関する指導原則」などが目指している、インクルーシブな社会を作り上げるプロセスの架け橋となることを目指している。