画像:shutterstock ウクライナ首都キーウ ロシアのミサイル攻撃を避け地下鉄駅に避難する市民 2022年2月25日
画像:shutterstock ウクライナ首都キーウ ロシアのミサイル攻撃を避け地下鉄駅に避難する市民 2022年2月25日

「核と平和」を国会の場で議論すべき時だ

ウクライナ戦況の出口が見えず、ウラジーミル・プーチン大統領の「核使用」ちらつかせにより、日本でも「核シェア」など核の抑止力を重視する国防論が盛り上がりつつある。バラク・オバマ元大統領が「核のない世界」でノーベル平和賞を受賞してから13年後、世界は再び「核の平和」時代へ向かうのか。(川上高司/拓殖大学教授)

18世紀の戦火のヨーロッパから3世紀を経て

18世紀の哲学者イマヌエル・カントは、戦争が絶えないヨーロッパ情勢を憂い、「永遠平和のために」を世に問うて「世界の恒久平和はいかにしてもたらされるべきか」を論じた。当時の18世紀ヨーロッパでは、国家間の紛争が頻発。国民が戦争を忌避し平和を希求する一方、国家間のエゴが対立しあい、一部権力者たちによる軍備拡張や戦費の増大がとめどなく進んでいた。

我々も今、出口がなかなか見えてこない戦争に直面し、平和を実現することは不可能なのかという絶望感も漂い始めている。欧米側は、プーチン大統領が始めた戦争であり、ロシアが戦争をやめない限りウクライナへの支援は継続するとする。そしてロシアを二度と侵攻できないよう「弱体化」させる必要があると断言している。

一方、ロシア側は自衛のための戦争であり、ウクライナがNATO加盟をすることは自国の安全保障の危機的状況であるとの認識にたち、かつウクライナはロシア人であり同一民族の救出のための自衛の戦争であると位置づける。

ここにきて現状は、膠着状況に陥り戦争は長期化する傾向が強くなり、しかも西側のウクライナに対する高度な武器供給のためロシアの戦争計画は遅延し、プーチン大統領は追い詰められている。

ロシアの核使用の可能性

そのような中、プーチン大統領は4月27日の演説で、第三国がロシアに戦略的脅威を与えようとした場合は「ロシアは他国にない兵器を保有している。必要なら使う」と述べ、核兵器の使用にたびたび触れるようになってきた。

ロシアのドクトリンでは「ロシア連邦の国家安全保障にとって危機的な状況下での通常兵器を用いた大規模な侵略への対応として、核兵器を使用する権利を保持する」[1]とあり、ウクライナ戦争が欧米の介入(軍事支援、経済制裁等)で(自国ウクライナへの)大規模な侵略と判断した場合には核兵器を使用するとある。

さて、ロシアがウクライナ国内で非戦略核[2]を使用した場合には、NATO(米国を含む)はNATOの加盟国ではないウクライナに対する集団的自衛権発動の一環としての核の報復を含む直接介入は行わない可能性が高い。

その場合も想定され、米国の核の傘である「拡大抑止」の必要性の強化をすべく「核シェア」[3]がわが国でも論じ始められている。

核拡散は世界を不安定化するのか、それとも戦争回避させるのか

もし日本が「核シェア」をすれば、それは核兵器の拡散につながり、世界を不安定化するというスコット・セーガンに代表される論議につながる。核保有国がロシアや北朝鮮のように一個人の判断で使用される場合、理性的な判断が退けられる可能性がある。また、民主主義国であっても文民統制が貫徹されればよいが、軍事組織に対するチェックアンドバランスの機能が失われた場合は危険である。したがって、核による戦略的安定を確保し核拡散は抑えるべきだという論議である。

一方、これに対してケネス・ウォルツは核こそが戦争を回避させる究極的手段であり核保有国の拡散は戦略的安定をもたらすと論じる。(⇒スコット・セーガン、ケネス・ウォルツ著『核兵器の拡散』、川上高司監訳、勁草書房)

ウォルツの言うように、もしウクライナが先にNATOに加盟し「核シェア」を供与されていた場合はロシアの軍事侵攻を抑止していたのかもしれない。北朝鮮の核保有に対しては韓国や日本が核保有した方が地域的安定に寄与するし通常兵器の軍拡競争は抑えられると論じる。

オバマ大統領は、「核のない世界」を訴えてノーベル平和賞を2009年10月に受賞したが、その元となったプラハ演説(2009年4月)では、「核のある世界」もその前提条件とした。すなわち、「核のない世界」を目指すべき目標として掲げるが、現実を見据えた「核のある世界」へ対処することを訴えた。そしてオバマ政権ではソ連崩壊後の抑止力の有効性低下のため、不拡散体制を強化することをことが提唱された[4]

巨大な歴史の流れの中で、人類がさらされている戦争の脅威に立ち向かったカントの「永遠平和のために」に新たな光をあてるべきであるし、国会の場でも「核と平和」の問題を真剣に問うべきではなかろうか。


〈脚注〉

[1] 2000年「軍事ドクトリン」 I-8条https://www.jstage.jst.go.jp/article/kokusaianzenhosho/39/1/39_12/_pdf

[2] 非戦略核弾頭数は計1912発と推定されているその内訳は、海軍が巡航ミサイル、対潜水艦ロケット砲、地対空ミサイル、魚雷、対潜爆弾を合わせて935発、空軍が戦闘機および爆撃機用の約500発、陸軍が短距離ミサイル、砲弾用、地上発射型巡航ミサイル9M729用の70発、防空・ミサイル防衛用の290発

[3] ニュークリア・シェアリングとは、NATOの核抑止政策で、NATOによる核兵器使用のために、自国の核兵器を持たない加盟国が計画的に関与することである。ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ、トルコが米国の核兵器を受け入れている、核兵器が使用される場合、その国の軍隊が核兵器の運搬に関与する。

[4] 川上高司「海外事情」平成21年10月号「核のない世界」「核のある世界」、WSJ,2008/1/15参照