憲法改正の予兆高まるなか、「天皇・皇室」の在り方について議論の時がいよいよ近づいている。天皇制は、憲法解釈や人権問題などあらゆるイデオロギーを内包しつつ、繊細にバランスをとりながら継承されている。いま天皇制を議論することは、日本が選択する民主主義の形を確認する作業に近いのかもしれない。皇室の論壇最前列の高森明勅氏による天皇論。
エリザベス2世の後を継いだチャールズ3世が「女系の男性君主」であること。仮に愛子内親王が即位する場合を考えてみると「男系の女性君主」になること。喫緊の課題である日本の皇位継承問題について、こうした事実をきちんと社会で共有するための重要な論稿です。(The Tokyo Post編集長/菅野志桜里)
英国で「女系」の新国王
去る9月8日、70年あまりの長い期間、英国および英連邦王国の女王として在位を続けてこられたエリザベス2世が亡くなられた。これによって、英国としては久しぶりに「女系」の国王が即位されることになった。チャールズ3世だ。
女系の君主というのは、女性の系統つまり母親の血筋を根拠として即位された場合のことを指す。チャールズ3世はもちろん、父親のフィリップ王配ではなく、母親のエリザベス女王の血筋によって即位されたので、それに該当する。
これに対し、「男系」の君主の場合は、男性の系統つまり父親の血筋による即位なので、たとえばわが国の天皇・皇后両陛下のご長女の敬宮(としのみや、愛子内親王)殿下が仮に即位されたとすると、それは天皇陛下つまり父親の血筋にもとづくので、男系の「女性」君主ということになる。
英国で女系の君主が即位されたのは、ヴィクトリア女王のお子様だったエドワード7世(在位は1901年~1910年)以来、約1世紀ぶりのことになる。その時は男系の血筋にしたがって、それまでのハノーヴァー朝からザクセン=コーブルク=コーダ朝に改称された。
女系継承による影響はなかった
現在の英国において、“女系継承”だからというだけの理由で君主の地位の正統性や権威が揺らぐという事態は起こっていないし、予想もできない。もちろん、エリザベス2世という偉大な存在が失われたことに伴う大きな喪失感とか、チャールズ3世ご本人の資質や人柄、実績などから英国民の君主制への評価に変化が生じる可能性はあり得る。しかし、女系という血統そのものへの不信感が生まれている気配はなく、そもそも「男系か女系か」という問題設定自体、まったく意識されていないように見える。
さらに、日本国内の一部で女系継承によって、英国の王朝が新国王の父親の姓(ファミリーネーム)であるマウントバッテン朝に交替するという憶測もあったが、ウィンザー朝のままで変わらず、そのようなことにはならなかった。
いずれせよ、英国では偉大な女性君主の時代が幕を閉じて、つつがなく女系君主の時代が始まったことになる。
明治以来の「男系男子」限定
ところで、わが国では明治の皇室典範(明治22年、1889年)で初めて皇位継承資格の「男系男子」限定(女性天皇・女系天皇を排除)という法的ルールを採用した。このルールは改めて言うまでもなく、正妻以外の女性(側室)のお子様など(非嫡出子・非嫡系子孫)にも皇位継承資格を認めるルールと“セット”でなければ、持続可能性は期待できない(歴代天皇の約半数は非嫡出・非嫡系)。にもかかわらず、今の皇室典範では後者=非嫡出・非嫡系を排除しつつ、前者=男系男子限定だけを維持するという「構造的欠陥」を抱えている。
前近代に10代8人の女性天皇がおられたことは、よく知られているだろう(うち2人は譲位後に重ねて即位された)。さらに律令制度では、女性天皇と男性皇族のお子様は父親ではなく、母親の血筋つまり女系で身分が決まるルールがあり(継嗣令)、そのルールのもとで、女系によって即位されたケースもあった(元明天皇から元正天皇へ、母親から娘へと皇位が継承された)。
「男系男子」限定の根拠はすでに失われた
そうした在り方を改めて、明治典範で「男系男子」に限定した背景を振り返ってみると、主に以下の3つの条件があった。
①当時の旧時代的な「男尊女卑」の風潮
②古代中国に由来し、主に男系のみでの継承すると考えられていた歴史的な(名字とは区別された)「姓」の観念
③その頃のヨーロッパでの王室の在り方
これらのうち、①は現代の普遍的な価値観に照らして、もし今の日本に残存しているなら、速やかに克服すべき対象だ。
②は制度上、早く明治4年(1871年)に廃止されている(同年10月12日の太政官布告)。しかし観念だけが、かつてしばらく影響力を持っていた。
③は具体的には、王位の継承を「男子」に限定するサリカ法の影響と、英国の男系にしたがった王朝交替の実例などが取り上げられていた。
しかし、今やヨーロッパでもサリカ法の影響などすっかり過去のものであり、王位継承資格を「男系男子」に限定する国は“ミニ国家”のリヒテンシュタイン(人口はわずか4万人弱)だけになっている。
さらに、オランダでは現国王の前は3代にわたって女王が続いたが、それによってオラニエ=ナッサウ家から別の王朝に交替したという事実はない。
このたび英国で女系の新国王が即位されても、先に述べたように王朝交替はなかったし、血統を理由とした国内の動揺もまったくない。
つまり、側室制度を前提とした非嫡出・非嫡系の皇位継承資格を認めるルールとセットでしか維持できない、無理筋な「男系男子」限定の根拠はすべてなくなったということだ。
奇異な印象を受けるかたくなな女性・女系君主の拒否
英国での女系国王の久しぶりの登場に続き、将来においてベルギー、オランダ、スペイン、スウェーデンなどで女王の即位が予定されている。
21世紀の現代において、いまだに“一夫多妻制”を維持しているヨルダンやサウジアラビアなどはともかく、伝統ある立憲君主国で女性君主や女系君主によって、君主の地位の正統性が失われ、国民が分断されるなどと大騒ぎしている国が一体どこにあるだろうか。わが国の一部に、「男系男子」に固執して、女性天皇・女系天皇をかたくなに拒否する人がいるのは、率直に言って奇異な印象を受ける。