「ビジネスと人権」オウルズコンサルティンググループ羽生田慶介CEOインタビュー©The Tokyo Post
「ビジネスと人権」オウルズコンサルティンググループ羽生田慶介CEOインタビュー©The Tokyo Post

企業の人権対応をチャンスに変える。「人権ビジネス」の仕組みとは〈羽生田慶介〉

〈前編〉オウルズコンサルティンググループ羽生田慶介CEOインタビュー「ビジネスと人権」

中国の新疆ウイグル地区での人権問題やロシアによるウクライナ侵攻、ミャンマーの軍事政権による圧政など、人権問題が国際経済に大きな影響を及ぼす時代となった。「人権デューデリジェンス」への取り組みが求められる中、人権に無関心な企業は市場から締め出されるリスクがある。また、国際的な人権問題だけでなく、日本もジェンダー、ハラスメント、外国人労働者差別などの課題を抱えており、解決が遅れると経済的なリスクとなりかねない。

こうしたビジネスと人権の問題について経営コンサルサントの立場からさまざまな提案をしているオウルズコンサルティンググループCEO、羽生田慶介氏に人権リスクに関する国際的な動向や具体的な対応方法などについて聞いた。

◆羽生田慶介氏(オウルズコンサルティンググループCEO)

◆インタビュー:菅野志桜里(The Tokyo Post編集長)

人権リスクの軽減をビジネスにつなげる

羽生田:まず、私の自己紹介をしますと、官・民・市民社会のトライセクター(3つの領域)で活動をしています。本業は経営コンサルティングというプライベートセクターでありながら、経済産業省大臣官房臨時専門アドバイザーという立場でパブリックセクターの役割もあります。また、NPOやNGOのソーシャルセクターにも籍を置いている。こうしてトライセクターすべてに同時に籍を置いている人間はおそらく日本にはあまり多くなく、私が世の中に役立つための特異性の一部かもしれません。

菅野:羽生田さんは「人権ビジネス」の普及を掲げて幅広く活動されていますが、「人権」と「ビジネス」という言葉の組み合わせは新鮮ですね。

羽生田: 「人権ビジネス」という言葉は、多くの方にとって聞き覚えがなく、少しぎょっとしてしまう表現であることは認識しています。「攻めの人権」という言い方で表現することもありますが、それもまた少し奇をてらった言葉に思われるでしょう。

そもそも「ビジネスと人権」はまずは「守り」、すなわち「人権侵害をしないこと」から着手しなくてはいけません。「ウチの会社は去年これだけ児童労働してしまったけど、積極的に(「攻め」として)ひとり親家庭の支援をしているので良い会社なんです」というオフセット(埋め合わせ)は許されません。

菅野:そのとおりですね。それでも敢えて「人権ビジネス」という表現でメッセージを出されているのはどんな想いからでしょうか。

羽生田: 企業にとって「人権」が「リスク」だけの存在では、どうしても必要最低限の取り組みしかされないからです。「リスク」や「コスト」は最小化されるべき言葉。企業が創意工夫して「ビジネスと人権」に臨むためには、事業収益としてもポジティブな位置づけにする必要があります。

菅野: 人権リスクの軽減を新しい市場形成に結びつけることで、しぶしぶやるという受け身の姿勢から、積極的な姿勢に変えていく目論見、ですね。
「人権ビジネス」とは具体的にどんなものが挙げられるか教えてください。

羽生田: 狭義には「人権デューデリジェンス支援」とか、労働環境を改善する「危険作業ロボット」などが挙げられますが、もっと身近なものもあります。例えば、「エレベーターの中に設置された鏡」です。あれは身だしなみを整えるものではなくて、車いすを利用する人がバックしやすくするためのものです。例えばこの鏡に、センサーやカメラを付けたりすればセキュリティーやヘルスケアのサービスに発展させられるでしょう。人権に深いつながりがあるこうした商材の進化が、次の1兆、100兆という市場形成につながるはずです。

今後もし、あらゆる文字は点字もセットでなければいけないとか、あらゆる文字は読み上げ機能とセットでなければならないという社会になった場合、そこには莫大なマーケットが生まれます。そういうことに「わくわくしましょう」と企業に伝えています。

菅野: そこまで市場を拡大していくには、組織的な仕掛けなども必要ではないですか。

羽生田: ここで必要となるのが「ルール形成」という私の専門分野のひとつです。社会課題解決のビジネスを大きくするには、よい商品・サービスの提供だけでなく、ルールづくりによる市場創出をしなければなりません。

菅野: 「人権ビジネス」ではどのようなルール形成があり得るのでしょうか。

羽生田: コンセントの中に、コードに足を引っかけたときに、すぐに外れるマグネットコンセントというものがありますよね。高齢者や子供がいる家庭でも安全だという新たな価値は、コスト勝負に陥りがちな汎用品であるコンセントの市場でユニークな存在になります。―――ですが、それだけは爆発的なヒット商品にはなれない。そこで「ルール形成」をするのです。

マグネットコンセントの市場拡大のためには、たとえば、福祉施設や高齢者住宅では一定割合こうした製品が導入されていることが、住民や金融機関からの高評価の要素となるようなルール形成が求められます。

SDGsに関連したイノベーションを「理系」(エンジニア)が成功しても、「文系」の人も加わったルール形成がなければ社会実装にまでは至らないわけです。

ルールとは、必ずしも国による「規制」を意味してはいません。民間企業が「私たちの調達ガイドラインはこうです」と決めれば、それがルールになる。大会社や企業連合が、「ウチはこういうものしか買わない」と言ってくれたら、政府の審議など経なくても、それでもうビジネス実効性の獲得が完了します。その後、必要あれば、国や国際機関もそれを政策として採用すればいいだけです。

公の仕事をしながら、特定の組織の役割に拘泥せずにルールの議論ができています。そのとき自分が一番大事だと思うアジェンダにコミットする権利と義務の両方を大事にしています。

こういった、マネタイズまでの時間軸が短い「企業向き」なアプローチこそ、企業が知るべきルール形成戦略の本質だと思っています。近年私は、いかに企業の「調達ガイドライン」を社会課題解決のツールとしてデザインできるかに挑戦しています。

民間の自由さを生かして勝算を見出す

「ビジネスと人権」オウルズコンサルティンググループ羽生田慶介CEOインタビュー©The Tokyo Post

菅野:なるほど。その上で、いま自分の一番大事なアジェンダとして「ビジネスと人権」を掲げたのはなぜですか?

羽生田: 個人的な話としては、単純に子どもが好きだから、とか、経済産業省時代も含めアジア途上国との関わりが多い仕事を重ねる中で考えることが増えたとか、いくつかのウェットな理由があります。

ですが、対外的にお答えするときは、「危機感と勝算の2面から」と言っていますね。

「危機感」は、国際的に見れば児童労働が最近ついに増加に転じてしまっている状況とか、日本の場合はジェンダーや相対的貧困の問題が特に悪い状況にあるとか、さまざまなものがありますよね。それに対して、状況を変えられるといういくつかの道筋が見えてきた「勝算」があるということです。「ビジネスと人権」に関する政策も急速に整備されつつありますし、これまで人権に関して国際的な低評価に甘んじてきた日本企業もいよいよ変わる兆しがあります。有価証券報告書で「人権」というキーワード登場数が急上昇しているデータなどはその例のひとつでしょう。

菅野:最初におっしゃった、ウエットな想いの話もお伺いしていいですか。

羽生田: 人権については、「過去の意味を変える」ことについて考えています。

最悪な形態の児童労働とされる少年兵やポルノ・売春から子どもを救出するNGOはとても大事な活動をしています。それら団体の活動自体に企業ができることは、もしかすると金銭面の支援だけかもしれない。

ですが、ビジネスセクターが、そうしたつらい過去を持つ人たちのためにできることがあるはずだと信じています。つらい体験をした人たちの過去は変えられないけれど、そういう経歴があったからこそ、それがなかった人よりも何か大事なアドバンテージがある人生になっていれば、「過去の意味」が変わるのではないかと考えることがあります。もちろん、「将来キャリア」なんていうものが「人権侵害された過去」をオフセットするなどという簡単な表現をするのは適切でないと分かっています。だからと言って、多くの人権侵害に、「それは企業のせいじゃない」として、我関せずの状態になるのが我慢ならないのです。

菅野: 過去そのものは変えられなくても、未来は過去の意味を変えることができる。ものすごく共感します。つらい過去や前提を抱えた人の伴走者として、その人の人生にプラスの意義を創っていく仕事は、やりがいがあるでしょうね。

羽生田: 「超福祉」という考えもこれに近いかもしれません。いわゆる健常者ではおよそ到達できないウェルビーイングを障がい者なら得られる、という社会構想です。通常の人間の運動能力をはるかに超える機能を持つハイテク義足や車いす、国際的に万能な障害者手帳などは、「ギャップを埋める」のではなく「はるかに超えるウェルビーイングを」という発想によるもので、そこには大きな事業機会すらあると思うのです。

菅野:羽生田さんは経歴もユニークで、もともと国家公務員ですよね。官から民へと転身したきっかけは何だったんでしょう。

羽生田: 実は最初に就職したのは民間企業のキヤノンなのですが、官民交流法という制度に従って、企業を退社して国家公務員になる仕組みで経済産業省の職員として働く期間がありました。その後、一度キヤノンに再入社した時期があるので、経歴の記載では経済産業省が先に書かれたりキヤノンが先に書かれたりします。すこし複雑ですね。笑

経済産業省の仕事が楽しかったので、再び入省するための試験に合格したのですが、そのときは結局入省せず、経営コンサルティングのキャリアに入ることになりました。

ですが今また、「経済産業省大臣官房臨時専門アドバイザー」といういわゆる「みなし公務員」の立場でまた政府の仕事に携わっており、多くの政策検討委員会に参加させて頂いています。いろいろなご縁に感謝しています。

ここ数年、NPOやNGOとしての立場も加わり、トライセクターとして活動していることで自身がとれるアプローチにも幅が出てきました。

やり方を変えなければ人権リスクに対応できない

菅野:そしてこの度、ビジネスと人権に関する本を出版されたと聞きました。

羽生田:『すべての企業人のための ビジネスと人権入門」(日経BP)という本でして、「ビジネスと人権」に取り組むための基礎知識と具体的な実践方法を紹介する入門書です。

羽生田慶介著『すべての企業人のためのビジネスと人権入門』日経BP社刊
羽生田慶介著『すべての企業人のためのビジネスと人権入門』日経BP社刊

今回の執筆において、私はビジネスコンサルタントとしての立場を主軸に据えました。これまでの人権に関する書籍は、弁護士やNGOによって書かれたものが多かったのですが、本書では「ビジネスと人権」を極力、「企業の論理」「ビジネスの言葉」で語るようにしています。

繰り返しですが、人権の配慮はあくまでも従業員や消費者などのステークホルダーの人々の生活や人生のためであり、企業としての在り方を問うものです。企業の収益のために人権配慮をする、という表現はいわゆる「SDGsウォッシング」のそしりを免れません。

それでも、企業を「糾弾」する論調だけでは、本質的な変革を起こせません。これまでコンサルティングの経験から、そのことをよく認識しています。

ですので、まず、企業の経済合理性の観点でも、十分な人権配慮をしてこなかった「今までどおりのやり方」を続けていては駄目でしょうと訴えるところから本書は始まっています。

「今まで通り」の典型が、「モーレツ社員」とか、「24時間働けますか」「鬼十則」と言われるような働き方です。無策な長時間労働をしても、ハラスメントにもなり得る言葉で社員を鼓舞しても、日本は労働生産性が高かったことなんてないんですよね。不快な働き方を続けながらも長期間とにかく賃金が上がらず、韓国にも抜かれた日本では、今までどおりの仕事の仕方を変えなければいけないわけです。

菅野:この本でも特に後半は「人権ビジネス」という言葉がひとつの基軸になっていますが、これは羽生田さんの造語ですか。

羽生田:確かに他に「人権ビジネス」という言葉で語られている発刊物はあまり見ないかもしれませんね。ですが、今ではメディアでも頻出する「環境ビジネス」という言葉も、かつては違和感をもって受け止められていました。約30年前に「環境ビジネス」という雑誌が創刊されたときは、今で言う「大炎上」したとのことです。「環境という気高い言葉にビジネスという言葉を付けるとは何事か。汚らわしい」という反応だったと聞きました。でも、今は「環境ビジネス」と言っても誰も反感や不信感を抱いたりはしない。

「人権」もきっと同じ道を辿るはずです。「人権ビジネス」というネーミングセンスが良いかは分かりませんが、企業にとって「人権」が「リスク」や「コスト」だけの存在でなく、多くのリソースを投入するに値する「機会」として捉えられることに繋がれば、という想いです。

「社会課題解決すれば儲かる」仕組みづくりを

菅野:「人権ビジネス」が「環境ビジネス」に次ぐ市場となって、企業が積極的に取組むようになる肝は、ルール形成だとおっしゃっていました。また、過酷な労働や売春宿への売買などで辛い経験をした子どもたちへの思いも伺いました。たとえば、この子どもたちの人生を救うためには、どんなルール形成が考えられますか。

羽生田:ちょうど今、児童労働についてのルール形成に取り組んでいまして、それを紹介します。

私はACE(エース)という児童労働の問題に取り組んでいるNGOの理事も務めているのですが、この問題の根本のひとつの側面には、児童を働かせればコストダウンになる、雑に言えば、悪いことをしたほうが企業が得をするという現状があります。

ここで「経済合理性のリ・デザイン」というアプローチで「勝算」を見つけるのが、私や私が代表を務めるオウルズコンサルティンググループの考え方です。

もし、児童労働という活動が企業のコストアップになる世の中になれば、少なくともビジネスの利潤追求の理由から生じる児童労働はなくせるはずです。こうした社会変革のための大仕掛けに挑んでいます。

いま、民間人の立場として独自にWTO(世界貿易機関)と対話しているんです。本来、WTOへはどこかの国の政府から提案するのが正式なルートなのですが、あくまでも企業やNGOの立場としつつ、知り合いを通じて連携しているWTO職員に話を持ち掛けることができています。

提案しているのは、これまでガーナ等で整備されてきた「チャイルドレイバー・フリー

ゾーン(児童労働のない地域)」制度を活用しつつ、児童労働のない製品にはついては国際輸出入の際の関税をゼロにするという仕組みです。私は経済産業省でFTA交渉を担当していたこともあって、関税は専門分野だということもあり、このアイデアに辿り着きました。

これが実現すると、児童労働をしたほうが、コストが高くつく。チョコレートに占める生カカオのコスト比率は全体の1割弱。児童労働をやめて大人の生産従事が増えれば、このカカオ自体の生産コストは少しだけアップすることを覚悟しなければいけません。

ですが、もしこの「児童労働のない製品の関税ゼロ」アイデアが実現すれば、チョコレート原価構成のうちより大きな割合を占めるカカオペーストやカカオパウダー、チョコレートに掛かる関税がなくなり、児童労働をしないチョコレートのほうが安く作れる、すなわちコスト競争力を持てるというわけです。

もちろん本格的に国際議論をするステージになれば、どこかの国から正式提案しなければならないのですが、そこまでは民間の立場の自由さを生かしつつスピード感もって社会課題解決の挑戦をしたいと思っています。

菅野:アメとムチでいえば、アメの政策ですね。

羽生田:児童労働しなかったら関税面で恩恵を受けられる、ということですから、「アメ」の典型例と言っていいでしょう。ただ近年、人権に関する世界の政策の潮流は「ムチ」が主流です。中国の新疆ウイグル自治区からの輸入を禁止している米国の政策のように「人権侵害しているものは締め出す」というムチ型の政策が増えている。

菅野:たしかに、今国際的にはムチが主流ですね。日本は、まだムチにもアメにも至っていないのかもしれませんが。

羽生田:  国際社会がムチの政策によって新たな規範を形成しようとしている今は、このアプローチが機能するかもしれません。

ですが、いつかより良い世の中づくりのために、社会課題解決に新たな経済合理性を与えるインセンティブを付与するようなアメの政策が必要になるはずです。そのときのために「民間から、サプライチェーンの人権課題解決に向けたこんな提案もあった」という履歴をWTOに登録している感覚で捉えて頂ければ良いです。

ビジネスセクターからの国際ルール形成の試行錯誤のひとつです。政府主導だけでなく、企業も「経済合理性のリ・デザイン」としてのルール形成にもっともっと関与してほしい。是非菅野さんと一緒に「この指とまれ」の声を上げていきたいです。

〈第2回に続く〉

羽生田慶介

オウルズコンサルティンググループ代表取締役CEO

経済産業省(通商政策局にてFTA交渉/ASEAN地域担当)、キヤノン(経営企画)、A.T. カーニー(戦略コンサルティング)、デロイト トーマツ コンサルティング執行役員を経てオウルズコンサルティンググループ設立。政府・ビジネス・NPO/NGOの全セクターにて社会課題解決を推進。

経済産業省大臣官房臨時専門アドバイザー|一般社団法人エシカル協会 理事|認定NPO法人フェアトレード・ラベル・ジャパン 理事|認定NPO法人ACE 理事|一般社団法人グラミン日本 顧問|多摩大学大学院ルール形成戦略研究所 副所長/客員教授| 経済産業省「Society5.0標準化推進委員会」等政策検討委員|民間臨時行政調査会「モデルチェンジ日本」メンバー。国際基督教大学(ICU)教養学部卒。